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10 足跡と死角の問題

 千手観音磨崖仏に関する歴史上の秘密が明らかになったところで、羽黒祐介と愉快なふたりの仲間たちは、足跡トリックを解明すべく、殺人現場へと向かった。


「疲れるな……行ったり来たり」

 と根来はぼそりと呟いた。

 しかしそんなことは気にしていない様子で、羽黒祐介は足跡トリックの解明に燃えていた。

「今回、検証したいのは「空洞の大銀杏」問題です。犯人は二人を殺害後、足跡もなく現場から消失しています。このことについて、足跡の問題を主軸に、さまざまな考察を試みたいと思うのですが……」

「足跡トリック講義でも聞かせてくれるのか」

 と根来が真顔で尋ねてきたので、羽黒祐介は(足跡トリック講義って何だよ……)と内心思いながら、考察を開始した。


「まずは、足跡の変化を時間の視点から三つに分けて順に考えてみたいと思います。

 まず第一は、男子生徒国貞忠の死体発見直後の状態です。この時には、宿坊付近の道から男子生徒の死体へと向かう男子生徒の靴跡だけが残されていました。


 挿絵(By みてみん)


 第二は、死体発見者たちが男子生徒の死体のまわりに群がり、足跡が一部荒らされた状態です。この時、観音堂から良順和尚が飛び出してきて男子生徒の死体に駆け寄ったため、観音堂から死体に向かって、良順和尚の足跡がついていました。


 挿絵(By みてみん)


 第三の状態は、良順和尚が「空洞の大銀杏」の中の女性従業員本居さきなの死体を発見した状態です。この時には、男子生徒の死体から「空洞の大銀杏」に向かって、良順和尚の足跡が続いています。


 挿絵(By みてみん)


 前提として、男子生徒の死体から放射状に彫られた溝を通れば、男子生徒の死体と女性従業員の死体との間を行き来することが可能です。


 犯人がなんらかのトリックを使ったのでなくては、到底この犯罪は説明がつかない、不可能犯罪です。

 第一の状態に戻って考えてみてください。そもそも男子生徒が普通にぬかるみを歩いて足跡を残したのだとすれば、犯人はおろか、女性従業員本居さきなすらも殺人現場に近づくことができません」


 挿絵(By みてみん)


「そんなこた、わかってるからはやく推理してくれ」

 と根来に催促された。

「わかりました。いくつかの説を挙げながら、状況を整理してみましょうか。


 そこで第一の説として、はじめから男子生徒の死体はぬかるみの中にあり、女性従業員の死体もはじめから「空洞の大銀杏」の中に収納されていて、犯人もはじめからぬかるみの中で待ち伏せをしていたのだと仮定してみましょう。犯人は犯行後、溝の内側を通り、後ろ向きに歩いて逆さまの足跡を残し、宿坊側の道に出ることができます。

 しかし、そうすると「犯人がぬかるみから出た足跡はあっても、そもそも三人がぬかるみに入った足跡」がひとつも残っていないということになります。

 雨が降り始めた時刻は、何時ですか?」

「確か午後三時という話だったな……」

「すると午後三時よりも以前から三人はぬかるみの中で待機していたのでしょうか。しかし、そもそもこの場所は、池が干上がった湿地で、雨が降り始める前からぬかるんでいたようですね。そう考えるとこの仮説も否定せざるを得ません」

「まあ、確かにな……」

 根来はだんだんと興味を失い始めている。


「また宿坊側の道から続いている靴跡は、国貞忠の靴と完全に一致しています。犯人が被害者の靴を使用して逃走したならば、被害者の死体がその靴を履いていたのは納得できません」

「うん……」


「どうあったって不可能なのです。だって、宿坊側の道と男子生徒の死体の間のぬかるみにはそもそも「()()()()()()」しか残されていなかったのですから!

 根来さんが先程仰ったように、足跡をぴったりと重ね合わせて、往復の足跡を、片道の足跡に見せかけるトリックは、すでに鑑識の捜査によって否定されているようですね。

 こうなると犯人は、この「泥のぬかるみ密室」から「出ることができなかった」ことになります。


 それでは、この問題は一旦置いておいて、女性従業員本居さきな殺害を中心に考えてみましょう。たとえば、犯人が現場にとどまっていて、死体が発見されたタイミングで逃げ出した可能性はないでしょうか。その説を考察してみましょう。

 犯人は、「空洞の大銀杏」の中に死体を収納した上で、その大銀杏の背後に隠れていた、そして死角を利用して移動し、発見者たちによって足跡が荒らされたところを踏んで逃げ出して行った、というものです。


 挿絵(By みてみん)


 そこで、「空洞の大銀杏」の背後には()()()()()()()()()()()()()()という問題が出てくるわけです。

 さあ、空洞の大銀杏の背後に人が隠れることができるのか、検証してみましょう!」


 すると根来は、ため息をついて、非常に語りづらそうな雰囲気を醸し出しながら、重い口を開いた。


「いや、それが不可能なんだ。よく聞け。まず、国貞忠は某大学の史学科四人組で宿坊に宿泊していた。彼らは八時近くなっても国貞忠が宿坊に戻っていないことに違和感を抱き、三人で国貞を探し始めた。そして彼らは宿坊側の道から国貞忠の死体を見つける。そして現場の足跡の一部を踏み壊しながら、次々と死体に駆け寄ったんだ。彼らはこの時、「空洞の大銀杏」を遠くから目撃しているんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()そして彼らは、次々とぬかるみを歩き、国貞忠を取り囲んだ。この時、次々と歩いてゆく彼らは複数のアングルから、「空洞の大銀杏」を見ているため、()()()()()()()()()()()()()()()

 現場付近には複数の外灯があり、真っ暗というわけではなかったので、見逃すはずはないというんだ。

 その代わり「空洞の大銀杏」の中は、光が当たらなくて、()()()()()()()()()()()()()()()()()というんだ」

「なるほど。ところが、です。三人は次々とぬかるみを歩いている時には「空洞の大銀杏」の背後に死角はなかったとしても、三人が男子生徒の死体を囲んだ時には、視点が一つになって、「空洞の大銀杏」の背後に死角が存在したことになりますよね」


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


「え、ええ……よくわからねえな。まあ、いいか。それで?」

「この「空洞の大銀杏」の背後には、無数の根っこが突き出しています。ここに乗れば、ぬかるみに足跡は残らないはずです。ここに犯人が隠れていたとすれば……」

「だって男子学生の死体のまわりを発見者たちが囲んだ時にだけ「死角」があってもしょうがねえだろ……その前にも、その後にも「死角」はなかったんだから……」


 根来のこの指摘はいかにももっともらしいが、しかし本当にそうであろうか……?

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