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6.サリア城執務室

お祭りの初日を遅くまで楽しむ人たちも、明日のために屋台が終いになって、三々五々と帰宅していった。

サリア城内はまだ社交の集まりが続き、煌々と明りが灯っていた。広間の窓からの明かりを避け、陰を縫ってエイプリル、エル、コーエンが城の奥に入っていく。

サリア卿の執務室には、すでにサリア卿とサリア夫人が待っていた。


「レディ・フィエール、ようこそ」

サリア卿が3人を迎えて礼をし、サリア夫人がカーテシーで敬意を表す。


エイプリルとサリア夫人は客観的には難しい人間関係にある。

ローズ、ジャルダンに次いでエイプリルを出産したのち、辺境伯夫人メリーアンは体調を崩した。この時、カリス侯爵家で姫隊を組織していた時に従卒をしていたエルとマイケルの母を、実家に乞うてエイプリルの乳母とするほどに弱っていた。

幸い2年ほどで回復したが、その間、領内の奥向きの差配が十分にできなくなり、重要な拠点の奥向きに不安があるところに、夫人を置くことになった。


サリア城にサリア夫人。夫を失い婚家から帰ってきていたサリア城主の妹がこの任に着いた。

王都へ船で接近できるロズウェル河に面したリバーアン砦に、先代フィエール卿夫人の侍女であった、リバーアン夫人。

ガリエルとの国境に近いゴッチ砦に、武術の達人ゴッチ夫人。

彼女たちは、メリーアン直属の部下で、新任の奉公人の世話から元奉公人の冠婚葬祭まで、きめ細かなケアを担当する。その仕事の権威のために、夫人の名称を与えられている。


この中でサリア夫人は、ただひとりフィエール辺境伯の子を2人産んでいた。サリア城主の妻が娘をひとり残して世を去り、将来のサリア城の守りに不安が生じたための処置であり、辺境伯夫妻、サリア兄妹の合意により、古くからの慣習に従ったものだ。


この慣習にはいくつもの制約がある。すでに夫人が置かれていること、すなわち、領主夫人がその役目を十全に果たすことができない状態であることが明らかにされていることがその第一条件であり、サリア城主に城の奥向きを任せられるだけの技量を持つ妻が見つからないこと、生まれた子を直ちにサリア城主の養子にすることで全員が合意した書類を作成することなど、あとあとに血筋問題が残らないよう幾重もの安全策が施されている。

生まれた子についても、養父の領地の後継者にすることなど、細かな決まりがある。さらにサリア城主自身は妻を迎えることができなくなる。城内に二重の命令系統ができることがないようにするためだ。

サリア夫人の生んだふたりの男子も、血筋としてはエイプリルの弟になるが、生後すぐにサリア城主の養子となっている。


エイプリルはサリア夫人の難しい立場を考え、すっと近寄って手を取って立ち上がらせた。

「サリア夫人、辺境伯夫人から、よく勤めています、とのお言葉です。

ケイスンとケントに、これを預かってきました」

そう言って、エルから包みを受け取り、それを開いて2組のペイジ服を示した。

「レディ・フィエール、それでは」

「ケイスンとケントはふたり一緒にラ・フィエールに来なさいとの指示です」


サリア夫人のふたりの息子は、政治的に言うなら、正嗣と予備ということになるが、むしろ正嗣と補助、どちらが正嗣となってもよい、資質次第、というのが正しい。このふたりが対立することは誰にとっても好ましくない。

ふたりは現在8歳と9歳。そろそろフィエール城に奉公に上がる年齢だ。

たとえ辺境伯の実弟であるホッジス領主の子であろうとも、例外なく奉公人としてフィエール城に上がり、ペイジからスタートするのが辺境伯領の習いである。

養父と実母が兄妹であることは、さほど珍しいことでもない。だが、父が辺境伯自身であることは、持って行きようによっては、この子らのプライドと立場の釣合い、ひいてはふたりの力関係が難しいことになりうる。侯爵家の娘として、母の奥向きの差配を見ながら育ってきた辺境伯夫人メリーアンの深い配慮があればこそ、ふたりは一緒に奉公に上がることを許された。


「奥方さまに、どうぞ、どうぞ、わたくし、キャサリンから感謝をお伝えください。

ありがたくお受けいたします。ケイスンとケントにも奥方さまのお心をよく言い聞かせます」

サリア夫人は両膝をついて、2組のペイジ服を押し頂いた。エイプリルは微笑みで応える。

「デイム・サリア、わたくしもこの服に少しだけ針を入れさせていただきました。

まもなく王都へ参らねばなりません。辺境伯夫人のよき右手であってください」

「承りましてございます」

サリア夫人は静かに執務室から出ていった。


「レディ・フィエール、どうぞお掛けになって」

エイプリルは示されたソファに座り、エルとコーエンはその背後に立った。

サリア卿が向かいに座る。サリア卿は、この時男爵位を許されている。

「サリア卿、辺境伯夫人が姫隊再編成を決意なさいました。わたくしのサポート隊と、グリンデ、シューネを引き継いでくださいます」

「おお、それは朗報です。では、大山脈側はおおむね今と変わりなく」

「はい、ですが、母が再び指揮官の地位に就くとなれば、奥向きはサリア夫人の助けがますます重要となるでしょう。警備についてはもちろん、サリア卿が頼りです」


「姫、どうぞご信頼ください。

お館さまから、男爵位をお預かりしました。ますますこの城を重く受け止めております」

「王宮からようやく許可が出ましたね。なんと5年もかかりました。

ただ、父の持つ男爵位を預けるだけだというのに、何とも」

「はい、姫が王都においでになる日が迫ってまいりまして、姫隊の解散が現実味を帯びてあちらも慌てているということかもしれません」

「そうでしょうか、わかっている人がいるといいですが」

「マクニール子爵も、カンデラ公ご夫妻もおいでです、ご信頼あそばして」

「そうですね、わたくしなりにやれることはやってみましょう」

「姫ならば、勿論のこと、十全におやりになれますとも」


「もうひとつ用件があります。酒保商人ジョーイのことです」

「は、騎士コーエンを通じて承りました」

「”跳ね鹿亭”に泊まっています。今日、確認しました」

「はい、間違いないとのことで」

「エルに説明させましょう、エル配下の成果です」

エルが、エイプリルの視察のために宿を確保、警備に当たるうちに似顔絵による手配書が出ていた酒保商人ジョーイを発見したことを簡潔に説明した。

「姫、ありがとうございます。

ジョーイは、カリス侯爵領で媚薬を売り捌き手配されましてございます。サリア城下で被害が出る前に捕えられるとなればまことにありがたく」


「すでにお館さまに連絡いたしました。お館さまがサリアに来てジョーイを受け取り、カリス候まで連行の手続きをすることになろうかと。

捕縛は卿の成果、よろしいですね」

「え、いえ、姫、それはなりません。姫の功績にございます」

「捕縛するのはサリアの兵です。わたくしは情報を提供するだけです」

サリア卿はすこし慌て気味だ。捕縛にはカリス候からの賞金もついている。

ぐっと顎を噛み締めて、栄誉の横取りに耐える。

「姫」

「卿、わたくしと卿は、おなじフィエールの指揮官、情報のやり取りなど日常茶飯事ではありませんか。ここはサリア卿のお膝下、国境遊撃隊の出る場面ではありません」


そして、エイプリルは、ちょっといたずらっぽく微笑んだ。

「サリア卿、男爵位綬爵おめでとう、父と母をよろしく」

サリア卿は、目をパチパチさせてエイプリルを見たが、ひとつ頷いて姫の心を受け取った。

「ご配慮に感謝いたします」

「よろしく頼みます、わたくしは明日早朝にホッジスに向けて城下を出ます」

「姫に旅の御幸運を」


酒保商人

酒保商人は古い言葉で、今時お目にかかることもないですが、酒保という言葉は「ベルセルク」で、ガッツが使っています。1階が酒場兼食堂で、2階が宿になっている建物を言っているようですね、絵がついているのでとってもわかりやすいです。どうやらお抱えの娼婦もいる様子で、ざっくり言ってガラが悪いですね~。

酒保商人とは、戦場に酒、食料、薬など、軍の兵站へいたんだけでは十分に賄えないものを輸送したり、兵個人に売ったりする移動商人を言うようです。おそらく、娼婦の手配もしていたのでしょう


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