17.ロシュフェール男爵令嬢、アリエス
その日も午後のお茶はエイプリルの居間だった。
このメンバーで集まるお茶会も、あと何回あるだろうか。
卒業証書授与式が近づいていた。
学園に3年間在籍する王都貴族は卒業証明書を受け取るが、2年ないし1年しか求められていない地方貴族は終了証明書を受け取る。講義単位の履修のみを認められている下位貴族は履修証を発行してもらうことができる。
メンバーはいつも通り、エイプリル、マリエ、ミリアム、アレクサンドラ、フローラ、そしてお付き侍女がひとりずつ。5プラス5で10名。この時間に限り、侍女にもテーブルが用意されて、同じお茶と軽食が出る。
彼女たちは一蓮托生、エイプリルが王子妃である限り、全員が利益共同体だ。
「さあ、ミリアム、みんなに話して」
「ええ。
エステルさまの侍女としてついていた女性と、この前フレデリックに話しかけていた女と同じかとどうかはわからないの。
前の女は顔を見る前に逃げてしまいましたもの。
でも、今日の侍女は自信があるわ。あれはロシュフェール男爵家のアリエスよ」
「え?」
実のところ、すでにアニーによってアリエスの正体は明らかになっている。だが、それはエイプリルが知っていればいいことだ。アニーのような切り札中の切り札は、存在ごと隠してこそ真の力となるのだから。
「アリエスと言えば、エイプリルが王妃陛下とカンデラ公からご下問あった方よね?」
「そうなの」
「なぜかしら?」
マリエが説明に入った。
「わたくし、エイプリルからアリエスの名を聞いて、すぐに調べたの。
アリエス・ロシュフェールは、たしかにこの学園で講義を受けていました。この学寮の3階に部屋を持っていたこともありました。ですが、エルが言ったとおり、エイプリルと同じ部屋で講義を受けたことはありませんでした。
現在は、エステルさまの侍女に雇われております」
「え、何ですって、雇われている?」
「ええ、家の子ではないのです。
エステルさまが学園を卒業するまでの間という契約で学園に通うときの侍女を務めることになっているそうよ」
「エステルさまにはお会いしたことがないと思うのだけど? もちろんアリエスにも」
「そうですね、エステルさまは王都貴族でいらっしゃるから学園在席は3年となります。2年目に当たる去年はわたくしも何度もお会いしました。講義をご一緒したこともあります。
ですが、その時は違う侍女をお連れになっていました。
今年の講義につきましては、週に2回ほどでして、もちろん寮に部屋をお持ちではありますがサマビル邸から通っておいでです」
「それで、アリエスを?」
「そのようです。昨年度は違う方でしたけど。すこし年上の方で、侍女というよりもむしろ……」
「むしろ?」
「家庭教師の先生という風情でして。こういう言い方はどうかと思いますけど、講義室では後ろで他の侍従や侍女の方々と並んで同じ講義をお聞きになっておりますでしょう? それで論文を書くお手伝いというか。まあ、はっきり言いますとエステルさまは論文を彼女に書いてもらったのではないかと」
「なるほど、それで今年は楽な講義をいくつか残しておいたということですね」
「楽な内容なので、家庭教師ができるほどの人はいらないけれども、すこしはわかる人についていてもらいたいということではないかと」
「なんてことを。サマビル侯爵家はそのような家でしたか」
金銭で雇われる者は身近に置かないのが上位貴族の常識だ。
血のつながりのある者、臣下として長い信頼を置いている者の子女を10歳前後、早いものでは7,8歳ごろから手元に呼び寄せて一族のメンバーとして愛を注ぎ、資質を見極め、実の親とも相談しながらゆっくりと育成していく。騎士、侍従、侍女、メイドなど、貴人の傍でそのプライバシーに係る者を「金銭と契約で雇う」などということはしない。
「お館さま」として主人を、そして主人家族を尊重することが、直接自分と自分の親・兄妹に利益をもたらすように仕組んでおく。それは裏切りの可能性を限りなく潰す。
奉公の褒賞は、金銭ではなく婚姻の縁であることが多く、主家からは持参金や婚資が贈られる。
「サマビル家の領地はどうなっているのでしたか?」
「サマビル侯爵家は王都貴族ですので、定められた領地から上がる収入が基本です。
他に、サマビル候の職責に対して俸給、前侯爵が勤めておいでの元老院議長の職責に対しての年給、侯爵夫人の第三王子乳母の職責に対して年金です。
さらに、特権として、ロズウェル川の波止場のひとつ、王都に一番近いグッドウエルの管理権および税収を持っています」
「寄り子は?」
「サマビル家の家令の血筋、騎士の血筋が残っています。
前サマビル侯爵は娘ひとりで、現侯爵は女婿です。
ご兄弟がないので寄り子も少なく、わずかに前侯爵の姉君の血筋が伯爵家に残っております。ただ、そちらから侯爵家へペイジや下仕えの者は来ておりません」
「では、ほとんどすべての者が雇い人なのね」
「調べましたところ、そのようです」
「つまり」
ミリアムが考えながら話し始めた。
「サマビル侯爵家は、前侯爵が娘ひとり。その娘に婿が来て、また娘ひとり。
娘婿の里からの出仕はない。
サマビル家はもう王都貴族としての役割を果たす力を失いかけている、そういうことかしら?」
「でも、前侯爵は元老院議長、サマビル侯爵夫人は第三王子の乳母を務めておられますよね」
「ええ、それだけの支援を王家から得ても、サマビル家には人望がない、違うかしら? ちょっとわからないけど、すぐ近くのグッドウエルから出仕がないというのはどうかしら?」
「なるほど、管理に問題があるのかもしれませんね」
「でも、直接管理しているのは、サマビル家ではありませんわよね。王家の官吏が代行しているはずですが」
「そのはずですけど。どうなっておりますのやら」
「そうですわね、奉公に上がった者に対する扱いが正当ではなく、それが噂になって誰も出仕しなくなったということはあるかもしれません」
「アリエス・ロシュフェールはどういったご縁でサマビル家に?」
「それがよくわかりません。ロシュフェール家とは血縁も主従関係もありません。単に侯爵夫人のお計らいだとか。
エステルさまが学園に通われるのに、学園を知っている女性がいいでしょうということらしいです。アリエスもエステルさまと同じ講義を受けられるので、アリエスの為にもなる、というようなことだったらしいです」
「マリエ、すごい情報網なのね?」
「王子妃の侍女志望ですから」
「お・ね・え・さ・ま。マクニール子爵?」
「あらあら」
「ほほ~、なるほどですねぇ」
「いえ、まあ」
アリエスがいつの間にかサマビル侯爵令嬢の侍女となっていることは、その日のうちにローズ経由でカンデラ公に伝えられ、王妃から王にと速やかに伝わっていた。
問題はむしろ、サマビル家のサロンでお茶を飲んでは仕事をおろそかにしている第三王子と側近候補ふたりがそれを知っているかどうかだったろう。
こうして、周辺は第三王子を見守る体制に組みなおされた。




