挿入3.ガリエル皇国
ガリエル皇国のオリジンは、大陸北西部、アルテン高地の山岳地帯にある。七部族から成る氏族制をとり、山岳地帯に分散して住む高地民族だった。
ある時、七部族を束ねる強力な氏族長が出た。名をアッカイード。
非常に好奇心の強い人物で、少年の頃から自分の部族の少年たちをまとめて、他の部族を訪ねたり、山を下りて平地を見に行ったりしていた。
彼が成年に達するころ、急に気温が上がり、雪が十分に降らず家畜に疫病が生じる年が来た。その年は備蓄で凌いだが、口減らしが行われて、部族長たちに厭世観が忍び寄った。次の年は平常に戻ったものの、家畜の数も、人の数も急には戻らなかった。そして次の冬、また気温が下がらなかった。
七部族会議が招集され、部族長の息子だったアッカイードが100年ぶりの氏族長に選出された。
アッカイードは、自分の側近となった少年時代からの取り巻きを中心として、各部族から馬の数だけの青年を選んで、初冬の山を下りた。
アッカイードは最初、平地に農地を求め、植民するつもりでいたようだった。この先も気温が上がるようならば、その時に備えて平地に農地を拓き、そこに七部族から平地で暮らせる力を持った民を集めて第八の部族を作り、高地と平地で補い合って暖かい冬に対応しようと志したようだった。
しかし、平地民は、山岳民を歓迎しなかった。土地は余っていて、人口も決して多くないのに、食料に窮している山岳民を助けるでもなく、事情を知っても追い払うばかりだ。農耕民族と牧畜民族の間には、何か越えがたい心理的な壁でもあるのだろうか、うまく調整してくれる人物も現れないまま、アッカイードと青年たちは追い払われ続けた。
春、山に帰ることができる程度に雪が消えた頃、アッカイードはひとつの村落を襲撃した。村人を全員拘束して少し離れた草原に穴を掘らせると、取り囲んで矢を射かけ全員を殺害した。その後穴にすべての死骸を埋め、上を均して跡を消した。
村に戻り、住居を探して食料を集め、静かに立ち去り山に帰った。
冬に出産した家畜が落ち着き、再び放牧されると次の冬のことで七部族会議が招集された。会議の果てに、アッカイードは部族に対して、望む者は部族の為に平地に降りるよう命じた。
先遣隊を出して春に殲滅した村を確保した。土木工事を行って村を拡張し、次々と部族民を受け入れていった。家畜を殺してその冬の食料に変え、山が雪に覆われるまでに多数の若い部族民が山を下りた。
牧畜民にとって農耕は馴染みのあるものではなかったが、春からは農耕が行われ、なんとか定住できそうだった。だが、それは許されないことだった。
まず近隣の村々から、最後には領主から襲撃を受けたのは、ある意味当然のことだっただろう。惨くも全滅させられた村の人々には他の村々に血縁者がいたし、領主にとっては領民と税収のことなのだから。
小競り合いで終わらず、本格的な戦闘になって、アッカイードは自分たちが非常に強いことに気が付いた。体が強く、刃物の扱いに長けており、短弓も長弓も狙いが正確で、騎馬は当然の事、野外生活にも慣れていた。1対1で退けをとることはなく、遠距離戦では弓と投石が物を言う。
百戦百勝、破竹の勢いで村々を制圧し、制圧した村から食料を奪い、男を徴収して物資を運搬させ、少年を連れ去り訓練して騎馬兵とした。
じりじりと兵を増やし、15年ほどで城塞都市を制圧する兵力を育てた。そのあとは蹂躙し放題だった。
結局最後はルースカリエ帝国に攻め入ったが、その時の兵力は山岳地帯と帝国の間のすべての都市と村から集めて育てた男子で数万の兵力に膨れ上がっていた。全軍を指揮するアッカイードは、遠くから見ても異彩を放っていた。
一度ついた勢いはとどまることを知らず、また、数が増えた兵を養わなくてはならず、帝国の領土に入ってからも次々に北部過疎地帯の村々や砦町を制圧し、帝都アッセンシオンに余裕綽々でたどり着いた。
ルースカリエ帝国は、ガリエル南下の報に接し上位貴族を宮城に集め、防衛と大規模攻撃陣を張って待機していた。その最前線には皇帝自らが皇妃と側妃を従え、最強の防衛結界を張った。アッカイードを視認し、エクスプロージョンの使い手が爆裂を、メテオの使い手が流星を打ち込む。
ガリエルの兵数は圧倒的と言えた。被征服民を歩兵として前に出し、後ろから騎兵が歩兵を押し込むようにして下がらせない。死に物狂いの歩兵が城壁に梯子を掛けてよじ登る。後ろから長弓が雨あられと火矢を打ち込む。
帝国側も、歩兵を城壁上で待ち構えて魔法剣でなぎ倒し、火矢にはウォーターで対抗する。だが、帝国にたどり着くまで幾多の戦いを経て来たガリエル軍とアッカイードに対して、千年の平和を維持して、一般市民に兵役を課すことなく上位貴族が魔法剣と魔法に依って守護してきた帝国は圧倒的に戦士の数が足りなかったのだった。
ガリエルは、大規模魔法による大量の死者を出しながらも最終的に数頼みの力押しで二重城壁を破った。皇帝と皇妃、側妃たちが張る防衛結界の魔力が尽き、皇帝家は炎の中に斃れた。ガリエル兵は後宮に押し入り、末の皇女ひとりを残して皇統に繋がるすべての者を斬り払った。
皇都を制圧した後も、ガリエル軍の勢いは留まることを知らなかった。ルベル河とアルジェンタム河の間の土地を南下、ルーレ湖畔の美しい街や村を壊滅させ、さらにフラヴェス河沿いにアルジェンタム河との合流地点まで村も町も城塞都市も、数に任せ押しに押して蹂躙し尽くした。帝都以外では、エクスプロージョンやメテオのような大規模攻撃魔法に反撃されることがなかったことから、アッカイードは大規模魔法の使い手は帝都に集まっていたと判断した。
部族のひとつはルベル河を渡り、東のフェロステラ城を攻めたが、領民の半数以上にフィエール平原に逃げられた。指揮を執る騎馬兵の大半は皇弟妃に城ごと爆砕され、何が起こったか正確に伝えることができる者が残らず、ただ城が崩れたことしかアッカイードには知らされなかった。
また、フラヴェス河沿いに南下した軍の一部がアルジェンタム河沿いに北上して、西の皇太子領を攻めた。大瀑布中半に突き出た岩棚に築かれた滝の城は難攻不落だったが、力押しで制圧することも不可能ではないと思われた。
やがてアッカイードの知るところとなり、制止が掛った。水道橋のためだ。
皇太子ベニステラ公は、最初この水道橋を破壊することを考えた。
しかし、彼にはできなかった。ガリエルよりも皇都民を苦しめ、死に至らしめることは明らかだったからだ。
父皇帝の最後の命令は「事態が収まるまで帰ってはならぬ」だったのだ。「事態が収ま」ったら、皇都に帰らねばならない。死都となった帝都を取り戻して、父の魂に「帰った」と告げることは許されない。
先帝の薨去によりルースカリエ第44代皇帝ギボン5世となり、同時にベニステラ公国初代公王を名乗ることになった彼にとって、水道橋の破壊は、決してできないことだった。
同様に、アッカイードにも水道橋を破壊することはできず、ベニステラが破壊するかもしれないと思うと、占領を目的として攻めることも又できなかった。手に入れた1000年帝国の大帝都を水不足で手放すことになるよりも、皇太子、いや、名ばかりの皇帝を小さな領に押し込めて水の番をさせるほうが良かった。
アッカイードはガリエル皇国を建国したが、形式上はルースカリエ帝国を引き継いだことにしなくてはならなかった。彼が武力で新たに手に入れた民の90%以上は、旧ルースカリエ帝国の民、直接的には元老院を形成していた上位貴族が1000年に渡って治めてきた、戦姫の伝統によって男女同権の意識が高い城塞都市の市民だったからだ。
皇王アッカイードは、滅びた帝国の皇女を皇妃に据えることにした。
彼は、皇帝の後宮に住んでいた皇子と皇女、後宮侍女を殺害した。それは、帝都殲滅戦の時の、大規模魔法の継承者を恐れたからだ。だが、帝国を引き継いだという形式のために、末の皇女を残し、皇妃とすることにした。
ただ、彼女が皇女カンディステラの乳母娘であり、生まれた時から身代わりとして育てられていたことには気が付かなかったし、それを知っていた侍女もすべて殺してしまっていた。
わずか13歳の身代わりをそれとは知らず皇妃に据え、アッカイードは自分の国を建てた。
国の名をガリエル皇国、自らを皇王、帝都の名をアッカイードと改め、七部族民を上位貴族に据えて城塞都市を割り当てた。
皇妃は形式上のものではあっても、ルースカリエ帝国の血筋を吸収した形は必要だから、男子を得るまで皇妃の役目は終わらなかった。
カンディステラの乳母娘は、自分が身代わりと知られ、主の行方を探られることを恐れ、従順に役目をこなし、その名を知られることもなく、皇妃として死んだ。乳母娘の産んだ男子は、アッカイードが皇国の支配を確立した後に殺され、その血はガリエル皇王家に残っていない。




