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「民は聖女と触れ合う機会が極端に少ない。それはつまり、なかなか情報が更新されないってことだ。ということは、明日の昼食での印象がそのまま君の聖女の評価に繋がると考えたほうがいい」
「わたくしの……聖女としての評価……」
「そうだよ、あくまでも民の中での評価だけどね」
それはわかった。たしかに、そのとおりだと思う。
でも――。
「わたくしは別に、聖女として称賛されたいなんて思ってませんけど……」
私がそう言うと、お兄さまは「まぁ、ティアはそう言うよね」と肩をすくめた。
「でも、周りはそうじゃない。『聖女としての価値』は、今後ずっと君について回る」
すぅっとお兄さまの目が鋭くなる。
「聖女の価値を、名声を利用しようとする者は掃いて捨てるほど出てくるよ。反対に、聖女を汚し、貶めることで、利益を得ようとする者も同じように出てくる」
「…………」
それは、わかる。
権力者にとってだけじゃない。今の世を憂い、改革を望む者や、上にのし上がろうとしている者、さまざまな野望――邪な願望を持つ者、どんな者にも、聖女という存在はものすごく魅力的だ。
なぜなら、聖女はそこに存在するだけで、パワーバランスを大きく覆してしまえるから。
聖女が黒といえば、白いものでもそれは黒になってしまう。
王ですら、世界樹ですら従えることのできる絶対的な存在。
そんな聖女が、なんの備えもなく、民と同じように健やかに過ごせるほど、世界は優しくない。人間は綺麗じゃない。
アシェンフォード公爵令嬢の私にですら、利用するために近づいてくる人間は腐るほどいた。
聖女なら、それこそ砂糖に群がる蟻のごとくだろう。
だからこそ、まだ納得できない。
私は眉をひそめて、お兄さまを見つめた。
「わかりません。わたくしの『聖女としての評価』が高かろうと、低くかろうと、利用するために近づいてくる者はあとを絶たない。でしたら、『聖女としての評価』なんてとくに気にする必要はないのでは?」
しかし、お兄さまはきっぱりと首を横に振った。
「いいや、違う。それは重要だよ。たしかに、聖女を利用すべく多くの人間が近づいてくることに対して、『聖女としての評価』が直接関係することはないよ。君の言うとおり、それが高かろうと、低かろうと、近づいてくるヤツはあとを絶たないはずだ。だけどね、君を取り巻く環境のほうには大きく関係する」
「わたくしを取り巻く環境のほう?」
「そうとも。君は、自分自身は被害を受けていなかったとしても、権力を振りかざして我儘三昧で、周りに迷惑をかけてばかりなど、悪い噂には事欠かない人物に親切にしてあげようと思うかい? 自ら進んで助けてあげよう――味方になってあげようと思うかい?」
そう言って――お兄さまは少し言いづらそうに苦笑した。
「王立学園の卒業パーティーで、君の味方になってくれた人はいたかい?」
「あ……」
いなかった。
悪役令嬢・アヴァリティアの味方をしてくれた人は、誰一人。
「ね? 評価は大事だよ。市井で暮らしたいなら、なおさら。いざというとき、それが君の命運を左右することだってあるんだ」
黙ってしまった私を励ますように、お兄さまが私の肩を優しく叩く。
「そして、もう一つ大事なことがある。聖女を利用しようとする者たちに振り回されないためにも、ティア自身の力で『聖女としての自分』を確立する必要がある」
「聖女としてのわたくし……ですか?」
「そう、その聖女像を、誰かに勝手に作らせてはいけない。それは必ず、作った者の利益のために歪められる。ティアの聖女像は、ティア自身が作り、守るんだ」
そして、ひどく真剣な眼差しで、私の顔を覗き込んだ。
「ティアは、どんな聖女になりたい? 聖女として、なにを成し遂げたい?」




