6-7
「私は彼女の婚約者だったんだぞ!」
その言葉に、私もお兄さまも思わず目を丸くする。
だ、だったらなに? たしかにそれはそうなんだけど……二年前に殿下ご自身が私に婚約破棄を申し渡してらっしゃいますけど?
「なんだ、アイツ。頭大丈夫か?」
お兄さまが私にだけ聞こえるような小さな声でこぼす。……うん、気持ちはわかる。でも相手は腐っても王太子。不敬だから思ってもここは黙ってよう、お兄さま。
唖然とする私たちの前で、しかしアレンさんは一切揺らがない。
「ご理解ください、王太子殿下。力による強制排除はしたくありません」
「力づくだと? この私に向かって!」
噛みつくように叫んだ王太子を静かに見つめ、アレンさんがヒュンと聖騎士の剣を振る。
「できないとでも? ここは聖都であり、ことは聖女さまの御身にかかわること」
そして、その切っ先を迷うことなく王太子の目の前に向けた。
「お試しになりますか?」
「っ……!」
あたりに満ちるピリリとした緊張感――。ゾクリと背中が震える。
アレンさんの言葉は嘘でもハッタリでもないと思った。これで王太子殿下が引き下がらないなら、きっと躊躇いなく剣を振るう。もしかしたら、切って捨てることすら厭わないかもしれない。
慌てて、私は口を開いた。いえ、開こうとした。アレンさんが手を汚させてしまうぐらいなら、話ぐらい聞いてあげてもいい――そう言おうとしたの。
だけど、それよりも早く、王太子殿下は悔しげに顔を歪めて身を翻した。
「も、もういいっ!」
そのまま、一目散に逃げてゆく。
その背中を見送って――ヴェルディンさまは私に向き直ると、深々と頭を下げた。
「お騒がせして申し訳ありませんでした。以後、このようなことはないようにいたします」
「あ、いえ……わたくしは大丈夫ですよ」
「寛大な御心に感謝いたします。――では、気を取り直して参りましょう」
ヴェルディンさまが歩き出す。その後ろに続きながら、お兄さまの袖を軽く引っ張った。
「なにしに来たんでしょう?」
「わからないけれど、どうせろくなことじゃないってことだけは確かだよ」
お兄さまはそう言って、めっとばかりにこちらを軽くにらんだ。
「それより、話ぐらい聞いてあげようとしたでしょう?」
「えっ?」
思わずまじまじとお兄さまを見つめてしまう。な、なんでわかったの? 私、お兄さまの後ろにいたのよ? 嘘でしょ、なに? その特殊能力。シスコンが行き過ぎて、もう妖怪の域に達してるじゃない。怖っ……!
「もう、ティアは優しいんだから……。だけど、情けをかける相手は選ぶべきだよ。中には無限に調子に乗る阿呆もいるんだからね。とりあえず、あのミジンコには二度と近づいちゃ駄目だよ」
「ミジンコって……さすがに不敬が過ぎますよ、お兄さま」
「なにを言ってるんだい? 不敬なのはあっちさ。ティアは今や聖女なんだ。婚約者だったころと同じに考えてもらっちゃ困る」
お兄さまの言葉に、ヴェルディンさまが大きく頷く。
「そのとおりです。王太子殿下であろうと誰であろうと、今後は不用意に近づけてはいけません。御身の安全を第一にお考えください」
御身の安全を第一にって……え? 今の危険だった? 王太子殿下は私を害すつもりで来たわけじゃないと思うけど……。
私の言葉に、しかし全員が『なにを甘いことを』と言わんばかりに眉をひそめる。え? 本当に王太子殿下はそこまで考えてなかったと思うけど……。これ、私の認識が甘いの?
首を傾げていると、広い中庭に出た。
樹齢が千年を超えるのではないかという大樹を中心に、青々とした芝が敷かれているその庭は、多くの人で賑わっていた。
神官服を着ている人もいないことはないけれど、ほとんどの人はとてもラフな服装。その手には木のスープボウルが乗った木のトレーを持っている。
あれ? さっき、ここは王族ですらみだりに立ち入れない場所だって……。
「ヴェルディンさま?」




