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私は上を見上げて、呼びかけた。
「イフリート……!」
呼ぶと同時に空中に紅蓮の炎が渦巻いて、中から真っ赤な猫が現れる。
「ティア!」
燃え盛る炎のような、真紅に金色の模様が入ったフワフワの毛並み。ピンと立った三角の耳に、金色の輝く瞳。黒く鋭い爪を持つ太い脚に、驚くほど長いフワフワの尻尾――。色合いはともかく、その姿形は世界最大の猫にそっくりで、大きさはちょっとした小学生ぐらい。
六大精霊は火の精霊――イフリート。
最初に私に声をかけてくれた子。
ちなみに、六大精霊とは、水・風・火・大地に光、そして闇の精霊のことを指す。
おおっとどよめきが起こる中、私はふわりと下りてきたイフリートをギュッと抱き締めた。
「大丈夫だ、心配するな。怖いことなんか何もないぞ、オレさまがついてるからな」
イフリートがスリスリと頬ずりしてくれる。
うんうん、そうだよね。ごめんね。
私はイフリートをしっかりと抱き締めたまま、さらに視線を巡らせた。
「オンディーヌ、グノーム、シルフィード……!」
すぐさま、みんな私の声に応えてくれる。
「ちょっとぉ! なんでイフリートが最初なのよ!」
毛並みの色は神秘的な青で、瞳の色も夏の空のような爽やかな空色の、ロシアンブルーのような気品のある子。水の精霊――オンディーヌ。
「ティア……大丈夫?」
マンチカンとスコティッシュフォールドを足して二で割ったような、手足が短いもちもち体型にまんまる顔&折れ耳。瞳の色は琥珀色で、毛並みは茶色と緑――大地と草花の色のハチワレさん。大地の精霊――グノーム。
「緊張でもしたの? らしくないじゃん」
見た目と柄はシャムネコそのものだけど、白地に尻尾と手足の先と顔、耳の色が淡い翡翠色で、瞳も翡翠色の少しおませさんな子。風の精霊――シルフィード。
こちらの三匹は、大きさは三キロから四キロってところ――一般的な成猫の大きさだ。
私は膝をついて、全員をぎゅうっと……抱き締めたかったんだけど、相変わらず抱っこが嫌いなシルフィードだけはサッと逃げてしまう。
「シルフィード……ちょっとぐらい……」
「……抱っこは嫌。なんだ、元気じゃない。心配して損した」
うん、もう大丈夫。私にはあなたたちがついてるから。
恐怖も罪悪感も完全には消えないけれど、それでもゲームの設定やシナリオと違う、悪役令嬢の私はこうあるべきだ――なんてことを考えるのはやめる。
この子たちの真心を素直に受け取れない人間にはなりたくないもの!
「おお……。すべて猫の御姿なのか……」
「だが、一目で精霊とわかる……。まるで自然エレメンツそのもののような御姿だ……」
「素晴らしい……」
神官さまがほぅっと感嘆のため息をつく。あ、よかった。こんな可愛いにゃんこの姿だなんて!威厳も何もあったもんじゃない! って怒られたらどうしようかと思ってたから。
「本当に素晴らしい。稀有な御力をお示しいただき、ありがとうございます」
世界樹のお一人が前に進み出て、深々と頭を下げる。
「世界樹が一、ヴェルディンと申します。どうぞお見知りおきを」
世界樹さまはみな、白髪に琥珀色の瞳。中でもヴェルディンさまは髪がお尻の下までと一番長く、一番長身。神官さまのトップオブトップだから実は勝手に年配の方をイメージしていたのだけれど、ヴェルディンさまはお兄さまと同じか、少し上ぐらいの年齢の男性だった。
若干の憂いを帯びた優しい眼差しに息をのむ。アレンさんには敵わないけれど、それでも思わず見とれてしまうほどの神秘的な美貌をなさっていた。
「貴賓室へとご案内いたします。僭越ながらわたくしから、聖女さまのお役目について、本日より二週間のスケジュールについてご説明させていただきます」
「あ、はい。よろしくお願いいたします」
私はにゃんこたちを放して、立ち上がった。
「一緒にいてね、みんな」




