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「とにかく、アレンさんに失礼なことを言わないでください。これ以上一言でも言ったら、向こう一年接近禁止にしますからね!」
ぴしゃりと言うと、途端にピタリと口を噤むお兄さま。そう、それでいいのよ。
私はアレンさんに視線を戻して、頭を下げた。
「ごめんなさい、アレンさん」
「いえ、気にしないでください。それだけティアが大切なんですよ」
……たしかにそうなんだろうけど、やっぱりちょっと行き過ぎだと思う。
「では、行きましょうか」
アレンさんが、私の前に手を差し出す。
いよいよ来てしまった。悪役令嬢の私が、ヒロインが得るはずだった称号を、立場を、称賛を、手に入れてしまう。
正直言うと、ものすごく怖い。
でも――もう引き返せない。
「はい……」
私はアレンさんの手に自分のそれを重ねて、まっすぐ前を見つめた。
◇*◇
大勢の人間がいるにもかかわらず、不自然なほどの、耳が痛いほどの、静寂。
「っ……」
私は思わず、一歩後ろに下がった。
大広間に整然と整列している、純白のローブ姿の神官さまたち。一様に両膝をついて、胸の前で手を組んで頭を下げている。後ろには、同じく純白の聖騎士服を身にまとった聖騎士さまたちが。直立不動で、抜き身の聖騎士の剣を心臓の前で握り、まっすぐ天へと垂直に立てている。
彼らを率いるように前に立つのは、たった三名しかいない――世界樹と呼ばれる大神官さまだ。
世界樹は、公爵令嬢と言えど簡単にはその姿を拝むことができない雲の上の存在だ。そんな方が、私に頭を下げている。その状況に、身震いする。
「尊き聖女よ」
世界樹のお一人が口を開き、私は思わずビクッと身を震わせた。
「覚醒を心からお喜び申し上げる」
その言葉に、まるで国を騙したかのような――とんでもない悪事を犯した気分になってしまう。今すぐすべて否定して、訂正して、謝りたい衝動に駆られる。ごめんなさい。違うんです。これは何かの間違いなんです。聖女は悪役令嬢の私じゃなく、ヒロインがなるはずなの。
私はやられ役に過ぎなくて――。
「聖女よ、我らにその尊き御力をお示しください」
「っ……」
そのお言葉に血の気が引き、さらにもう一歩後ずさりしてしまう。
ど、どうしよう……。
「ティア?」
私の様子がおかしいことに気づいて、お兄さまが心配そうに眉を寄せる。
と同時に、アレンさんが私の震える背中をそっと撫でて、穏やかに囁いた。
「ティア――大丈夫です。私がついています。お兄さまも。そして、精霊たちもです」
その言葉に、ハッとする。
ああ、そうだ……。
たしかに、大人気乙女ゲーム『エリュシオン・アリス』において、聖女となるのはヒロインだ。
そして、アヴァリティア・ラスティア・アシェンフォードは悪役令嬢で、ラスト手前で退場するやられ役。そこは揺るがない。
だからこそ、そんな私が、ヒロインを差し置いて聖女になってしまった現状が受け入れ難くて、みんなを騙しているような罪悪感に苛まれてしまうけれど、それはイフリートたちには関係ない。
彼らはただ純粋に私に興味を持ってくれて、声をかけてくれた。
そして私を、私が焼くパンを好きだと言ってくれて、ずっと傍にいてくれている。
彼らの想い、行動、言葉には、間違いなんて一つもない。
ここで聖女であることを否定して、訂正して、謝ったりしたら――彼らがくれた真心を否定することになってしまう。それは駄目!




