間章1
アリス・ルミエスは愕然とした。
「聖女が現れたですって!?」
「そんな馬鹿な!」
王太子――クリスティアン・オーネスト・エリュシオンが、間髪入れずアリスの心を代弁する。
そう、そんな馬鹿なことがあるわけがない。
この乙女ゲーム『エリュシオン・アリス』のヒロインは自分――アリス・ルミエス。聖女として覚醒し、攻略対象たるイケメンたちから、そして民から崇め奉られるのは自分以外にあり得ない。
「それが……すでに聖騎士一名に加え、大神官さまも確認済だとか」
王太子の側近――ギルフォード・マークス・アルマディン侯爵令息が震えながら言う。
「受肉した精霊を目撃した民もかなりの数に……」
「受肉した精霊? どういうことですか?」
耳慣れない言葉に、アリスは眉を寄せた。
「精霊は普通の人には見えないはずでしょう?」
「えっ……?」
クリスティアンとギルフォードが目を見開く。
「アリス? 何を言ってるんだ?」
「精霊を受肉……つまり精霊に実体を与え、国を守護する聖獣として育て上げることこそ、聖女の力なのですが……」
「え?」
思わず眉をひそめる。そんな話ははじめて聞いた。
そもそも聖女と精霊にかんしてはエピローグの中で後日談的に語られるもので、ゲーム攻略中に出てくるのは、悪役令嬢に虐められたあとなどにヒロインにしか見えない存在に慰められるシーン、そしてそれらと戯れているところを、攻略対象や悪役令嬢に目撃されるシーンぐらい。
あとは、好感度を一定以上上げると攻略に有利なアイテムをくれたり、攻略中盤以降には占いや恋のアドバイスをしてくれるようになるなど、その程度だ。
だから――シナリオを完璧に覚えているためアイテムもアドバイスも必要なかったのもあって、さして重要視していなかった。それもあって、精霊とのシーンはズルをしてしまったのだが――。
(でも、それが本当なのだとしたら……)
エピローグが上手く進んでいないのは、まさしくそのズルのせいだ。精霊ときちんと心通わせておかなくてはいけなかったのだ。
(だからって、ヒロイン以外の者が聖女になるなんてあり得ない!)
ここは、ヒロインの――アリス・ルミエスのための世界なのだから!
「そ、そうでしたね。うっかりしてました」
アリスは取り繕うように笑って、ギルフォードを見つめた。
「あの、その聖女さまはいつ神殿に入られるのですか? 私、会ってみたいです」
「……そのことで、来ました」
ギルフォードが苦々しく顔を歪め、俯く。ここに来たときからそうだったが、顔色がひどく悪い。
「お二人は、すぐに聖都を離れられたほうがよろしいかと」
「えっ!?」
「どういうことだ? ギルフォード」
ギルフォードは一瞬言葉を呑み込み――意を決したようにそれを口にした。
「聖女は……アヴァリティア・ラスティア・アシェンフォードですので」
「馬鹿な!」
クリスティアンが叫び、ソファーを蹴倒す勢いで立ち上がる。
「何かの間違いだ! あの女が聖女などと!」
「私もそう思いますが、しかし聖騎士と大神官さまを騙すことなどできるはずも……!」
「金で抱き込んだのかもしれない! あの卑劣な女ならそれぐらいしてもおかしくないだろう! 確認した聖騎士と大神官は誰だ!? どうせアシェンフォード公爵家の息のかかった者だろう!」
「それが……聖騎士はアレンという者ですが、大神官はゼクスさまです!」
「――ッ!」
驚愕がクリスティアンの全身を貫く。
クリスティアンは言葉を失い、唖然としてギルフォードを見つめた。
「アレ、ン……?」
「――はい、次の世界樹との呼び名も高いゼクスさまです。金で動くような御方では……」
ギルフォードは頷き――それからパチパチと目を瞬いた。
「今、アレンと仰いましたか? アレンという者が何か?」
「い、いや! 何もない! そ、そうか! ゼクスさまか!」
クリスティアンが焦った様子で首を横に振る。アリスは眉をひそめた。どちらもゲームには出てこない。そんなにすごい人なのだろうか?
「た、たしかに、ゼクスさまのお墨付き以上に信頼できるものはない……。では……」
クリスティアンがみるみるうちに青ざめてゆく。
「俺は……聖女の資格を有した者を断罪し、捨てたことになるのか……?」
「はい……。聖女という尊き立場を得た以上、あからさまな仕返しをしたりはしないでしょうが、それでもあまり顔を合わせないほうがよいかと存じます」




