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わ、わわ! なんか話が変な方向にいっちゃってる! ど、どうしよう! すぐさま否定したいけれど、魔獣じゃないならなんなんだって訊かれたら答えられないし……。
思わず頭を抱えたそのとき、どこからともなく現れたオンディーヌが軽やかに陳列台に降り立つ。
そして、ドンと足を踏み鳴らして人々をにらみつけた。
「失礼なこと言うんじゃないわよ! そいつは正真正銘、火の精霊イフリート! そしてアタシは、水の精霊オンディーヌ! ティアはアタシたちの聖女よ! 覚えておきなさい!」
瞬間、アレンさんが手で顔を覆って天を仰ぐ。
私もがっくりと陳列台に両手をついた。
お、終わったぁぁあぁぁぁぁあぁ!
「せ、精霊!? ほ、本当に!?」
「で、でも、精霊って実体がないもののはずだろ!?」
「そうよ。猫の姿をしてるなんて、聞いたことないわ」
「いや、でも……精霊でもなけりゃ、あの色はありえねぇだろ……」
「たしかに……真っ赤に真っ青だもんなぁ……」
「ねぇ、聖女さまって精霊に実体を与えられるんじゃなかったかしら?」
「ああ! たしかに! ガキのころ、神殿でそんな話を聞いた気がする!」
「あったあった!」
「じゃあ、あれは実体化した精霊ってことか?」
――これはもう誤魔化しようがない。
「……アレンさん……」
みなさまにご説明を……。
力ない私の言葉に、アレンさんがため息をついて頷き、手を高く掲げた。
その手の上に銀色に光り輝く美しい剣が現れ、人々がどよめいた。
この世界に、その意味を知らぬ者はいない。
「せ、聖騎士さま!」
「聖騎士さまだ!」
「えっ!? ど、どうして聖騎士さまがここに!?」
「この剣に誓って――火の精霊イフリートと水の精霊オンディーヌに間違いありません。そして、この御方は、先日精霊の受肉に成功された聖女さまであらせられます」
その言葉に、人々がさらにざわめく。
「せ、聖女なんて……そんな馬鹿な! う、嘘に決まってる!」
自慢の口ひげをチリチリに焦がしたグラストン伯爵が喚き散らす。
「ふざけるな! 聖騎士や聖女がパンなど焼いておるわけがなかろうがっ!」
「聖女でなかったら無礼を働いてもよいとでも? 身分で人を判断するなんて愚かの極みですよ」
「う、うるさい! このペテン師が! 聖騎士なんて嘘っぱちに決まってる!」
はぁ? この人、まだ言うの? 聖騎士の剣をどう偽れるって言うのよ。
「ただのパン屋を見下して、なにが悪いんだ! わ、私は貴族だ! グラストン伯爵だぞ!」
「まだ言いますか……。では、あえてあなたのスタンスに合わせて差し上げましょう。この方は、アシェンフォード公爵家のご令嬢です。あなたが見下していい方ではありませんよ」
「げっ!?」
グラストン伯爵が一気に顔色を失う。
「あああああアシェンフォード公爵令嬢!? ま、まさか! そんな……!」
私はため息をついて、胸もとから指輪を取り出した。
そこに刻まれたアシェンフォード公爵家の紋章に、グランストン伯爵が悲鳴を上げる。
「ぎゃあっ! ももももも申し訳ございません! しししし知らなかったんです!」
でしょうね。知っててのアレは、もはや自殺よ。ものすごくダイナミックでアグレッシブな。
貴族であれば誰でも、アシェンフォード公爵のちょっと尋常じゃない娘溺愛と公爵令息のさらに常軌を逸した妹溺愛は知ってるはずだもの。
「あ、アシェンフォード公爵令嬢……! しかも、聖騎士を従えた……聖女ぉお!?」
「閣下、まだパンをお求めでしたら……」
「ひえぇええぇっ! か、閣下などと! いえ! もうパンは結構です! 失礼いたしました! どどどどどうか、公爵閣下と公子さまには内密に!」




