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1-7

 男の人が少し戸惑った様子で私を見上げる。


「で、も……ポーション、は……」


 うん、わかるよ? ポーションってそこそこお値段がするものだもんね。

 でも、非常時のためにって用意しておいたものだもの。この非常時に使わなくていつ使うの?


「大丈夫ですから! 待っててください!」


 私はそう叫んで、急いで家へ。

 そして、戸棚のポーションをひっつかむと、男の人のもとに駆け戻った。


「はい、飲んでください! ゆっくりですよ!」


 蓋を開け、瓶の口を男の人の口もとに当てる。

 一瞬迷う様子を見せたものの――すでに開封してしまった以上、ここで飲まなかったらそれこそ高価なポーションが無駄になってしまう。男の人は小さく「すみません……」と呟き、ゆっくりとそれを飲み干した。


「っ……」


 男の人の身体がほんのりと淡く発光する。

 でも、それも一瞬のこと。すぐに光が治まり、男の人がふぅっと大きく息をついた。


「ありがとう」


「……! い、いえ……」


 う、わ……! 血色がよくなったら、顔面の破壊力がさらに上がったんだけど。

 まだ疲れが残っているのか、少し気だるげなのが逆になんとも色っぽくて、妙に照れてしまう。


 男の人は自分の身体をたしかめると、すらりと立ち上がった。


「――うん、いいな。これなら、なんとか主神殿まで飛べそうだ」


「は!?」


 とんでもない言葉に、続いて立ち上がりかけていた私は驚いてパチパチと目を瞬いた。


「しゅ、主神殿!? 聖都のですか!?」


 聖都とは、王都の北東に隣接する小さな都市。正式名称はヴァティカードって名前なんだけど、一番の大神殿――主神殿があり、そしてそこは世界樹と呼ばれる大神官さまがおわす場所であり、ヴァティカードは王家の直轄領でありながら神殿による自治が認められていることなども含めて、聖なる都――聖都と呼ばれている。


 いやいや! ここから聖都って、馬車で二週間もかかる距離なのよ!?


 魔力とか、魔法とか、アヴァリティアが魔力を持っていないし、魔法も使えないから、それほど詳しくないけれど、それでもここから聖都まで飛ぶなんて――とんでもなく無茶なことだってことぐらいはわかる。いや、本当に。ポーションでいくらか回復したとはいえ、さっきまでぶっ倒れてたんだよ? そんな人の口から出ていい言葉じゃないから!


「はい。私は聖騎士ですから。討伐完了の報告をしないと。あとは――」


 しかし男の人は当然だとばかりに頷いて――腰の小さな革のバッグを大切そうに撫でた。


「一刻も早く、仲間たちの魂を主のもとに還してやらないと」


 その言葉と仕草にハッとする。


 そうか……。仲間を亡くされたんだ……。

 遺髪か――遺骨かな? それを早く主神殿に、そして遺族のもとに持ち帰って、きちんと弔ってやりたいんだ。

 その気持ちはわかる。わかるけれど……。


「申し遅れました。私はアレンと申します。本当に助かりました。このご恩は必ず」


 男の人――アレンさんが胸に手を当て、恭しく頭を下げる。私は慌てて両手を振った。


「そんなご恩だなんて……大袈裟です。ポーションを渡しただけですし……」


「いえ、本当に助かりました。私にできることがあれば、なんでもおっしゃってください」


 な、なんでも? なんでも!? (ゴクリ)


 そ、その美貌でその言葉はものすごく危険と言うか……もう二度と言わないほうがいいと思う。前世から二次元にしか興味がないヲタクなうえに(中身は)アラサーですでにいろいろ枯れ果てた喪女の私ですら、思わず生唾呑み込んじゃったもの。


 私はコホンと咳払いを一つして煩悩を振り払うと、あらためてアレンさんを見上げた。


「主神殿まで行かれるんですよね? じゃあ、うちでご飯を食べて、休んでいってください」


「え……?」


 その提案は意外なものだったのか、アレンさんが目を見開いて私を見る。


「いや、でも……それは……」


「しっかりと回復してからにしましょう。また体力や魔力が足りなくて、違う場所に出ちゃったらどうするんですか? そのまま、また行き倒れて――今度は誰にも見つけてもらえなかったら? あなた自身の命にもかかわりますし、そうなったら仲間の魂も主の御許にたどり着けません」


「っ……それは……」


「しっかりご飯を食べて、一晩しっかりと休めば、なんとか――なんて言わず、確実に主神殿まで飛べるぐらいまで回復するんじゃないですか?」


 いや、それでも無茶な距離だとは思うんだけど。

 なんにせよ、万全じゃない状態で無茶をするより一晩休んでできるかぎり回復してからのほうが絶対にいいに決まってる。


「……それは……そうですが……」


「仲間の魂を早く主の御許へ届けたい気持ちはわかりますが、あなたがそれだけ仲間を思うように、仲間もあなたを思っていると思います。あなたが無茶をするのを喜ぶ人たちでしたか?」


「っ……!」


 アレンさんがグッと言葉を詰まらせる。


 違うよね? 行き倒れるほど無茶をしたのは仲間がとても大切だからでしょう? 

 そして、あなたがそこまで心を砕く相手が、あなたの無茶に対して無関心でいられてしまう――薄情で冷たい人なわけがない。


「休んでください。大切な仲間たちのためにも」


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