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私はクスッと笑って、首を横に振った。
「いいえ、この二年間、本当に好き勝手やらせていただきました。それは家族の理解あってこそ。それも立派なバックアップですわ」
それこそもう変態を通り越して人外の域にまで達してるんじゃないかってレベルのシスコンが、二年以上もの間、私の失敗を願うだけで、決して邪魔をすることなく、家にも連れ戻すことなく、ただひたすらに耐えてくれてたんだから、すごいことだと思う。それだけで御の字だよ。
「でも、これからはお兄さまのお力が必要です。どうか、わたくしを助けてくださいませ」
「ティア……」
「わたくしのパンを、この国のスタンダードにするために」
民の生活を変えるために。意識を変えるために。
そして、民の心を豊かにするために。
「この国の人々に、日々――わたくしのパンでお腹も心も満たしてもらうために」
私の言葉に、お兄さまがニヤリと不敵に笑う。
「もちろんだ。世界を驚かせてやろう!」
私もにっこり笑って、がっちりと握手をする。
「そうと決まれば――ニコラウス。すぐに帰って準備に取りかからないとね」
「はい! 馬車を回してまいります!」
ニコラウスが私に一礼し、バタバタと店を飛び出してゆく。
「さぁ! 忙しくなるぞぉ~っ!」
ウキウキわくわくした様子でトースターを布で包むお兄さまを見て、私はふと瞬きした。
あ、そうだ。アレンさんのことは話しておいたほうがいいよね。もうすぐアレンさんも聖都から戻ってくるし、お兄さまが協力してくれることになった以上、いつか顔を合わせることもあるかもしれないし。
「お兄さま……」
声をかけて――ハッとする。
いや、待ってよ! 私! 相手は、変態を通り越して人外の域にまで達してるんじゃないかってレベルのシスコンよ!? 話しておいたほうがいいのは間違いないけれど、どう話すの!?
今まで、アヴァリティアに近づいた男にもれなく全員に殺害予告してるのよ!? このシスコンは! 実行しかけたことも一度や二度じゃないわ!
もう家に泊めたことも何度もあって、ナゴンを採取するためにデミトナ辺境伯領へ一緒に出掛け、宿屋では同じ部屋で寝た――なんて知られたら、きゃあ! アレンさんの命が危ないわ!
「なんだい?」
「いえ、その……ええと……」
ど、どうしよう?
私はアタフタと視線を泳がせて――しかしふと、デミトナ辺境伯領で、アレンさんがお兄さまを知っているふうだったことを思い出す。
あ! そうだ! 二人が知り合いなら、事件は起きないんじゃない? アレンさんがものすごくいい人だってことは、お兄さまも理解しているはずだし!
その一縷の望みにかけて、私は胸の前で手を組んだ。
「お、お兄さま! 聖騎士にお知り合いはいらっしゃいまして?」
「聖騎士? そりゃ、僕も国を守る騎士だからね。顔見知りは多いけど……どうして?」
「おそらくお兄さまのお知り合いだと思うのです。姓は存じ上げないのですが、アレンという名の聖騎士さまと……その……最近ご縁がございまして……」
「アレン?」
お兄さまが首を傾げる。うっ……! し、知り合いじゃない……の?
そ、そうなると、『ご縁がございまして』なんて言っちゃったのはマズかったんじゃ……。
ダラダラと冷汗を掻いていると、お兄さまが顎に手を当てて天井を仰ぐ。
「アレン……アレン……。いや、アレンなんて名前のヤツに覚えは……」
そこまで言って、緋色の瞳を大きく見開く。
「は……? 嘘だろ? まさか……!」
その横顔から、一気に血の気が引く。
「ちょ、ちょっと待って……! ティア? まさかその『アレン』って、銀髪で金の……っ……」
そこでグッと言葉を呑み込み、なんだかひどく苦しげに顔を背けた。
え……? なに? その反応。




