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5-6

「ええっ!? こ、これ以上あるの!? しかも、それが毎日並ぶだって!?」


「え……ええ、そうですけど……」


「う、嘘だろう?」


「すごいっ……!」


 お兄さまとニコラウスが信じられないとばかりに唸る。

 この世界の人にとってはそうなのかもね。二十一世紀の日本のパン屋を知っている私からすると、お話にならないぐらい少ないんだけど……。


「ティ……ティア? 身体は大丈夫なのかい? か、過労死したりしないよね?」


 あ、そのあたりは大丈夫です。私の死因(死んでいたのだとしたら)は間違いなく過労死なので、今回はちゃんと気をつけてます。


「大丈夫ですわ。このぐらいの量なら、それほど大変ではないんです」


「そ、そうなのかい?」 


 お兄さまは「そうなのか……」と呟きながらしばらく考えて――ふと、店内を見回した。


「オープンはいつごろを考えているんだい?」


「ええと、今のところ、一週間後ぐらいを予定しておりますが……」


 お兄さまは唇に指を当ててさらに考えると、籠の中の食パンを指差した。


「じゃあティア、この食パンはオープン時のラインナップから外してほしい」


「えっ!?」


 なんで!?


「さっき絶賛していただけたのにですか?」


「だからだよ。トースターとともに、もっとも効果的に売り出したい」


 お兄さまが力強くきっぱりと言う。


「まずは食パン以外のメニューでティアのパン屋をオープン。同時に、アシェンフォード公爵領のパン職人や料理人……いや、この際、未経験でもいい。やる気のある志願者を募って、ティアからティアのパンの作り方を習ってもらう。さらに同時進行で、トースターの量産を行う」


 ポンポンと試作のトースターを叩いて、両手を広げる。


「次は、コーヒーハウスやパブ、宿屋、神殿などにトースターを置いて、この食パンを卸してもらう。軽食としてトーストを出すんだ。あとは孤児院や兵舎もいいな。同じく、食堂でトーストを出して、とにかく口コミを広めてもらうんだ」


「なるほど。それでしたら、コーヒーハウスで貴族の方々に、パブで平民の男性に、宿屋で旅人や商人など、アシェンフォード領にお住まいではない人々に、神殿で神官さまや信者のみなさま――さらには、孤児院の子供たちや兵士のみなさまなど、年齢や性別、身分、立場に関係なく多くの人にトーストを食べていただけますね」


「そのとおり。そして――充分話題になったら、ティアの味を継承したパン屋をオープンするんだ。全店で食パンを売り出してもらう! もちろん、トースターも同時に売り出す!」


 おお! つまり、それが爆発力というわけね?


「トースターをあの値段で売り出すには、それが絶対条件かな。そうだよな? ニコラウス」


「そうですね。絶対条件と言うか、最低条件です。大きなブームを起こすには、さらにもう一つ、欲を言うなら二つ、三つは、仕掛けがほしいところですね」


 ニコラウスが腕組みをして、うーんと考え込む。


 お兄さまはふとパンの籠に視線を落として、バターロールを指差した。


「これ、もらっていいかい?」


「え? ああ、どうぞ」


 お兄さまはお礼を言ってそれを手に取ると、一口大にちぎって口に入れた。


「ああ、おいしいな。ふわふわで、柔らかくて、ほんのり甘い。バターの風味もいいね。――うん、間違いない。ティアのパンは民の心を豊かにするよ」


「え……?」


 思いがけない言葉に、私はパチパチと目を瞬いた。


「心を豊かに、ですか?」


「そうだよ。食を楽しむなんて、貴族だけの特権だ。僕らは、食事は腹を膨らますだけのものじゃないことを知っている。おいしいものを食べたら、満たされるのは腹だけじゃない。むしろ、心の満足を得たいからこそこぞって美食を求めるんだ。でも、民はそうじゃない。金に余裕なんてないから、腹を満たすことで精いっぱいだ。味なんて二の次、三の次――いや、そもそもそんなことにこだわるべきじゃない。一部の金持ちを除き『生きるために食べる』――民にはそれがすべてだ」

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