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「ああ、ティアが一人で焼ける量には限界があるだろう? それじゃ足りないな 需要はあっても供給がまったく追いつかなかったら、広まるものも広まらない」
「ええと……」
そう言われても、私一人でやるんだもの。どうしたって限界がある。
徐々に――ではなく、一気に、爆発的に広めるとなると、どうすればいいのか……。
「ティアは、このレシピを独占する気はないんだろう? 十年以内に、トースターが各家庭に必ずあるものにするということはつまり、ティアのパンも十年以内に全国に広めるつもりってことだ。そうだろう?」
「ええ、そうです。わたくしはわたくしのパンをこの国のスタンダードにしたいのです」
きっぱりと宣言する。
そう――それこそが、私の野望。
あの罰ゲームパンを、この国から撲滅したい!
いつでもどこでもおいしいパンが食べられるようにしたい!
「だったらティア、この町の――そしてアシェンフォード公爵領のパン職人や料理人から志願者を募って、ティアに弟子入りしてもらおう」
「弟子入り……ですか?」
「そう。ティアのもとで修業して、ティアの味と技術を身に着けてもらうんだ。そして、アシェンフォード領内の各地で、ティアのパンを焼いて販売してもらう」
「それって……」
お兄さまの言わんとしていることを理解して、あっけにとられてしまう。
それってつまり、私のパン屋をチェーン展開するということ――?
「もちろん、ティアのパン屋と同時オープンはできない。まずはティアのパン屋をオープンして、そこからティアの味を継承したパン屋を増やしていくといった感じだ。それでも、ティアのパン屋一店舗で広めるのとは爆発力が違う。――十年なんて言わない」
お兄さまが親指・人差し指・中指を立てて、私の目の前に突きつける。
「三年だ。三年で、ティアのパンをこの国のスタンダードに、トースターを生活必需品にする!」
「っ……!」
心臓がドクンと大きな音を立てて跳ねる。
すごい……! この人、本当に天才なんだ……!
チェーンストアっていつごろ登場したんだっけ? 覚えてないけれど、少なくともこの世界にはまだ存在しない考え方だ。
私のように前世の知識があるならともかく、そうじゃないのにそこにたどり着くなんて――。
「三年……。できるでしょうか……?」
「できるとも。僕が――アシェンフォード家が全面的にバックアップするからね」
お兄さまは自信満々にニヤリと笑って、顎に指を当てた。
「そうだね。まずは――ティア? この食パン? は、ティアの店の主力商品なのかい?」
「いずれはそうなればと考えてますが、今のところ主力ではありませんわ」
私は「少々お待ちくださいませね」と言って、奥から本日訓練で焼いたパンたちを持ってきた。
さまざまなパンを見て、お兄さまとニコラウスと呼ばれた従者が目を丸くする。
「孤児院の子供たちの意見と、広場でのパン配りで得た感想からですと、おそらく一番人気はこのクリームパンですわ。次点は、隣のジャムパン。こちらのあんパンとあんバターにかんしましては、一度食べてもらえさえすれば、ハマる人はきっと多いだろうって意見が多いですわ。それで言えば、こちらの焼きカレーパンも同じですわね。食べてもらうまでをどれだけ短くできるかが課題です。こちらのバゲットとブールは、罰ゲー……いえ、既存のパンに近い見た目をしていますし、食事と合わせることができますので、手に取りやすいのではないかと。ふっかふかで驚いてもらえるのが、こちらのバターロールと食パンですわね。こちらも日々の食事と合わせていただけるので、わりと手に取っていただきやすいのではないかと思っているのですが……主力と言うと……」
私の説明はちゃんと耳に入っているのか――お兄さまもニコラウスもあんぐりと口を開けたまま呆然としてしまっている。
「お兄さま?」
どうかなさいまして? と尋ねると、お兄さまがポカーンとしたまま私を見る。
「こ、こんなに……?」
「え……? いいえ、これだけではありません。これらに加えて、バターロールや食パンを使ったサンドウィッチというものを日替わりで何種類か出すつもりです。最初はそのぐらいですわね」




