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「うん、表面はカリカリッとしてる。焼き色も申し分ないわ。とても綺麗」
そのパンをちぎってみる。
「中はふわっと、もちっと……中の水分が飛んじゃってることもない」
もちろん、食べて味と食感もたしかめる。
「表面はカリッと、それでいて中は水分をしっかりと閉じ込めて、ふわっともちっと……うん! いい! すごくいい!」
正直、想像以上。高級トースター並みの焼き上がりだ。
今度は二枚焼いてみる。
「すごい……!」
二枚焼いても、焼きムラはほぼない。
いや、本当にすごい! これ、ものすごく完成度が高い!
「これ、動作耐久テストはしました?」
「もちろんしたとも。スライスした芋をめちゃくちゃ焼いた。千回までやったけど問題なし」
「その千回で、魔石ってどのぐらい消費しました?」
「そこについてるのでできたよ」
お兄さまがつまみの横についているビー玉ぐらいの大きさの魔石を指差す。
「えっ!? テスト段階から替えてないんですか?」
「うん、そのまま」
魔石とは、そのまま――魔力を持つ石のこと。魔力を持つのは人間や魔物だけじゃないの。
前に、この世界は科学の代わりに魔法が発達してるって言ったけど、火に水、光、氷、雷など、さまざまな性質を持つ魔石こそ、生活家電――この世界で言うところの生活魔道具の動力源だ。
その魔石は、今のところ人の手で作ることができないもの。石油や石炭、天然ガスなどと同じく、魔石は天然資源なの。
だから、ぶっちゃけ魔石って高いのよ。
二十一世紀の日本では、電化製品を選ぶうえで商品ものの値段はもちろんだけれど、ランニングコスト――たとえば、どれぐらい電力を使うかとか、どのぐらいで買い替えの時期が来るかとか、洗剤や灯油みたいな付属して使うものの値段なんかを考慮に入れると思うんだけど、この世界では魔石の消費量がとくに重要視される。
どれだけ性能がよくても、魔石をめちゃくちゃ消費するような魔道具は駄目。
とくにこのトースターは庶民にこそ使ってほしいって思ってるんだから、魔石のコストはすごく重要よ!
「この感じなら、まだまだ使えそうですね」
魔石は、最初は研磨された宝石のような見た目をしている。中の魔力を消費するうちにどんどん色が失われて濁っていって、最後にはそのへんに転がっている石ころと変わらなくなる。
この魔石はまだキラキラと輝いて、とても綺麗。
「うちの技術者の話じゃ、倍はいけるんじゃないかって話だったな」
「倍……二千回……」
このぐらいの大きさの魔石で二千回もトーストできるなら、ランニングコストとしては優秀だ。
「一応二千回まで耐久テストしたいですね……。魔石が尽きるまで、ちゃんと動作するか」
そして、魔石を交換さえすれば、そのまま問題なく使い続けられるかもたしかめたい。
そうね……。さらに倍の四千回まではテストしておきたいかも。
「わりと単純な構造だし、問題なく使えるだろうって。あ、でも使い方によって、庫内にたまった汚れが魔法陣に影響を及ぼす可能性はあるって言っていたよ」
「汚れですか?」
「ちょっとしたカスぐらいだったらまったく問題ないけれど、たとえばチーズなんかをドローっと垂らしたうえで繰り返し使用したら、魔法陣の上のチーズが焦げついて炭化してしまうだろう? そうなったら、焼きムラがでたりすることはあるってさ」
「それはつまり、庫内を清潔に保てば問題なく使えるってことですよね?」
だったら問題ない。どろどろに汚したまま使えば本来の力を発揮しないのは、どんな魔道具でも一緒だ。
ううん、この世界の魔道具だけじゃない。それは日本の家電製品だって同じことだ。
よし! これならイケる!
「では、お兄さま」
私はお兄さまに向き直り、私と同じ緋色の瞳をまっすぐ見つめた。




