第五章 悪役令嬢、聖女にジョブチェンジしちゃいました!
「やぁ! 愛しのティア! 僕が来たよ!」
ドアが勢いよく開くとともに、聞き覚えのあり過ぎる声が店内に響き渡る。
今後の方針が決まって、アレンさんが聖都へと向かって一週間――。
私はというと、お店の石釜オーブンでのパン焼きの訓練、レシピの微調整、広場でのパン配り、そしてお店作りの仕上げをする毎日。
今日も朝から営業日本番さながらでパンを焼いてたんだけど――チッ! 邪魔が入った!
「お久しぶりです……。お兄さま……」
ため息をつきながら出迎えると、お兄さま――アルザール・ジェラルド・アシェンフォードが、たまらないっといった様子で身を震わせた。
「ああっ! いいねっ! その微妙な顔っ! 嬉しくないこともないけど、はてしなく厄介だし、面倒臭いし、むしろすごく邪魔とでも言いたげな表情っ! きゅんきゅんするよっ!」
「…………」
――この変態。
「うんっ! その一気に氷点下まで冷え込む感じもいいっ! 最高だよっ! ティア!」
なに? 気持ちよくなるために来たの? こちとら暇じゃないんだけど。
「……悶えるだけなら帰ってくれませんか?」
「ああ、その嫌悪感満載の視線が、一気に喜びに輝く――そのさまもまたたまらないんだよねっ!さぁ、ティアっ! 約束のトースター(試作品)だよっ!」
「――ッ!」
お兄さまの後ろから入ってきた従者が、お店の中央にあるパンを並べる商品台の上に布に包んだ箱のようなものを置く。
えっ!? う、嘘! 本当に一週間程度でできたの!?
布を剥ぐと、二十一世紀の日本で使われていたものよりは少しレトロなデザインの――だけど、ほとんど変わらないトースターが現れる。
「わ、わぁ! すごい!」
いわゆるポップアップ型じゃなくて、オーブン型のトースター。
ガバッと前に大きく倒れる開き戸、中には焼き網、開き戸の傍に時間調節のつまみがあるのは、二十一世紀の日本にあったトースターと同じ。違うのは、つまみの上に火の魔石をはめ込む場所があることと、本来上下に設置してある電熱器がなく、その場所に魔法陣が描かれていることぐらい。
「ティアが詳細な仕様書を書いてくれていたことと、石釜オーブン開発時の経験があったからね、それほど難しくなかったみたいだよ」
「すごいですわ! お兄さま! 本当に一週間程度で作り上げてくださるなんて!」
「あ! お礼は頬にチュウがいいな!」
――と、バカみたいなことを言って顔を突き出してきたのは、華麗にスルー。寝言は寝て言え。
だいたい、ご褒美は『一ヵ月以内にお茶の機会を作る』だったはずじゃない。
「動作テストは済んでるんですよね!?」
「もちろん」
スルーされることは想定内だったんだろう。まったく気にする様子もなく、お兄さまが頷く。
「じゃあ、さっそくパンを焼いてみていいですか?」
「どうぞどうぞ」
早速奥から食パンをカットして持ってくる。
機能は同じだけど電化製品じゃなくて魔道具だから、コンセントに挿す必要がないってのがまたいいよね。どこでも使えるのもの。
食パンを入れて、一度大きくつまみを捻ってから二分に合わせる。
「わ、あ!」
上下の魔法陣が赤く光り、中の食パンを照らす。
そのまま二分ほど経過して、コロンと綺麗なベルの音がする。
私は扉を開けて、中の食パンを取り出した。
「うん、しっかり熱い」
アチアチと皿に置いて、表面をバタベラで撫でる。




