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「そうですね……。当時のことは古い文献でしかわからないので……正直、当時の聖女の心情まで推し量ることはできませんが……」
「前と違うのは、精霊もだよ。俺、これが二度と食べられないなんて嫌なんだけど」
シルフィードがアレンさんの前の空の皿を前足でつつく。
それに、ほかの三精霊も続く。
「そうだぞ! オレさまも嫌だ! 毎日ティアのごはんが食べたいぞ!」
「アタシもよ! アタシからハニーバタートーストを奪ってみなさい! 承知しないんだから! クリームパンも食べられないなんて絶対に嫌よ!」
「ぼ、ボクも、クリームパン食べたいよ……」
「み、みんな……」
さらに胸が熱くなる。
「オレさまの大事なティアから、一番やりたいことを奪うのは絶対に駄目だぞ!」
「それに、アタシたちからティアのパンを奪うのもダメよ! 絶対に許さないわ!」
「ボクも……ティアとボクらから好きなものを奪う人の言うことなんて、聞きたくないよ……」
「――だってさ」
シルフィードがふふんと笑って、悪戯っぽくアレンさんの顔を覗き込む。
「どうする? 聖騎士さん。聖女と精霊を敵に回す勇気がある?」
「ッ……!」
アレンさんがさぁっと顔色を失くす。
お、おおう……。にゃんこが超絶美麗騎士を脅してる……。
でも、さすがにこれはアレンさんが気の毒……。聖女の扱いなんて、一介の聖騎士が決められることじゃないもの。アレンさんはあくまで国の――そして神殿の方針に従っているだけなんだし、精霊たちに責められるのも、脅されるのも、ちょっと理不尽って言うか……。
「あ、あのね? みんな……」
「――わかりました。とりあえずは、ティアは神殿には行かない、信頼できる大神官さまだけに、火・水・大地・風の精霊が受肉したことを報告する。それでいいですか?」
「えっ!?」
フォローすべく口を開いた瞬間、アレンさんが信じられない提案をする。
私はびっくりしてアレンさんを見つめた。
「そ、それでいいんですか!?」
「よく……はないです。聖騎士として正しい判断なのかと問われたら、間違っていると言わざるを得ません……」
アレンさんが苦笑する。
で、ですよね!?
「それって、アレンさんの立場が悪くなってしまうんじゃ……」
「ですが……実は私自身、迷っていたんです。本当にあなたを聖都にお連れしていいのかと……」
え?
「そう……なんですか?」
「はい。出逢って間もないですが、それでもあなたのパンに対する情熱はしっかり理解しています。重ねてきた努力も知っています。イフリートの言うとおりです。精霊を受肉させたからといって、はたしてそれらをすべてなかったことにしてしまっていいのだろうか? 捨てさせてしまっていいのだろうか?」
アレンさんがじっとシルフィードを見つめる。
「シルフィードの問いに対する私の返答は、聖騎士としては至極正しいものです。そう教えられてきましたし、私自身そう信じてきました。でも……」
そこで言葉を切り、テーブルの上の空の皿に視線を落とす。そして、精霊たちの前の皿にも。
「では、ティアにパン屋を諦めさせることが――パンを焼くことを辞めさせることが、正しいことなのでしょうか? 本当に? ナゴンからアンコを作ることができて、あんなに喜んでいたのに? 実際、素晴らしくおいしかった。多くの人が魅了されることは間違いありません。安値でおいしいこのパンは、確実に民の生活を変えます。私自身、それを確信しています。それなのに――それを捨てさせてしまっていいのでしょうか? 国のためだから? 世界のためだから?」
アレンさんが顔を歪め、グッと拳を握り固めた。
「パン屋よりも聖女のお役目のほうが尊いなどど、本来は職業に貴賤などないはずなのに、勝手に上か下かを決めたあげく、こちらの都合ですべてを取り上げ、聖女の務めを果たすことを強要する。イフリートの言うとおり、それは『搾取』ではないのか――?」




