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こうすべきだ、ああすべきだ。こうするのが正しい。ああするのが決まり――そんなことばかり考えていた気がする。
精霊の受肉をしたなら聖都に行くべきだ。神殿で暮らすべきだ。国と世界のために尽くすべきだ。
だから、パン屋は諦めるべきだ。パンが焼けなくなっても仕方がない。
それが正しいことなんだからって……。
「――ねぇ」
なにやら考えていたシルフィードがトンと軽やかにテーブルの上に乗り、アレンさんの前に行く。
「ねぇ、君は――いや、神殿は、かな? それとも国がかな? どうでもいいけど、聖女が精霊に嫌われる心配はしてるみたいだけど、逆は? ティアが精霊を嫌になった場合は考えないの?」
「え……?」
思いがけない言葉に、アレンさんが目を見開く。
もちろん、私も。
「わ、私がイフリートたちを嫌うことなんてないよ! ありえない!」
思わず叫んでしまう。それだけは絶対にありえない!
「そう? でも、このままじゃ俺たちはティアからティアの一番やりたいことを奪ってしまうかもしれないんだよ?」
「それでも絶対にないよ! 断言する!」
太陽が西から昇ったとしてもありえないから!
「そんな心配だけはしなくていいから!」
みんなが私を好きでいてくれるように、私もみんなが大好きだよ!
「――ふふ、嬉しいよ」
シルフィードが私を見て、ニコッと笑う。
だけどすぐに表情を引き締めて、アレンさんに向き直った。
「でも、俺が言いたいのは、ティアがそうするしないの話じゃなくて、神殿はその可能性について一切考慮していないのか。していないなら、それはなぜなのかを訊きたいだけだよ」
「聖女が……精霊を嫌う……?」
考えてもみなかったという様子で、アレンさんが額に手を当てる。
「そんなことが……?」
「まったくあり得ない話じゃないだろ? 君たちはお守りしているつもりなのかもしれないけどさ、実際問題やりたいことをすべて諦めて、今までの努力もなにもかもをすべてなかったことにして、聖都の神殿に囲われて、ろくな自由もなく、国のためにずーっと尽くしてたら嫌にもならない? 君曰く――」
シルフィードの翡翠色の双眸がアレンさんを射抜く。
「聖女は、俺たちを受肉させるまでは『普通の女の子』に過ぎなかったんだよ?」
「――ッ!」
アレンさんが愕然とする。
「あ……!」
「聖女として国に大切にされることを喜ぶ子もいるだろうけれど、そうじゃない子もいるってこと、忘れてない? なんで心に陰りをもたらすのが、傲り、慢心、欲望、野心だけだって思ってるのさ。聖女になってしまった悲しみかもしれない。苦しみかもしれない。聖女としての自分への疑問かもしれない。後悔や、鬱や、精霊たちへの憎しみだってありえるかもしれないのに」
「……それは……」
アレンさんが再び額に手を当てる。
「正直、考えたこともありませんでした……。そうするものだとばかり思っていて……」
「ああ、そっか。前に聖女が現れたのは、百五十年前だっけ? ん? 二百年前だっけ? 三百年前?」
シルフィードが小首を傾げて、フリフリと尻尾を振る。
「じゃあ、今とはなにもかもが違うから、聖女は喜んで神殿に行って、神官たちや聖騎士たちからお守りされて、国を守ることに――国のために尽くすことに喜びややりがいを感じていて、本当に一つとして不満はなく、幸せだったのかもしれないね。だから、慢心させないこと、余計な欲望を抱かせないことだけが気をつけるべきことだったのかもしれないな」
あ……。たしかに。今よりもずっと貧しくて厳しい世の中だったはずだもん。聖女になれるのは、神殿で神官や聖騎士にお守りされてなに不自由なく暮らせるのは、そのうえで人々のために尽くし、人々から感謝され――崇め奉られるのは、このうえない喜びだった可能性は高いよね。それこそ、それを嫌がる人間がいるなんて考えられないレベルで。




