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「いえ、それは……」
アレンさんはぐっと言葉を詰まらせると、俯いた。
『聖女を悪しきモノからお守りするため』というのも、決して嘘じゃないと思う。
精霊と心を通わせた瞬間、自分を取り巻く世界が変わってしまうんだもの。心によくない感情を宿してしまう危険性は十二分にある。
イフリートの言うとおり、聖女が神性を失ってしまうことが、国や神殿にとって都合が悪いのはたしかだろう。
でも、絶対にそれだけじゃない。
心を律する術を知らず、よろしくない感情に翻弄されて己を見失い、愚かな振る舞いをする――過ちを犯してしまう。それを防ぐことは、間違いなく聖女のためでもあると思う。
「ティアを利用するのは絶対に許さないぞ! ティアをサクシュするつもりなら、オレさまたちはこの国を守ってなんかやらないぞ!」
「イフリート……!」
私は思わず床に膝をつき、イフリートの首に抱き着いた。
「ありがとう。イフリート……!」
真紅のふわふわの毛並みに顔を埋めて、頬ずりをする。
「でも、お願い。アレンさんを責めないで。イフリートの言うことが正しいように、アレンさんが言うことも間違ってないの。私が悪い考えに影響されて、悪いことをしようとしたら、イフリートだって止めるでしょ?」
「もちろんだぞ!」
「アレンさんも、イフリートと同じく聖女を守りたいって思ってるだけなの。それにね? 聖女を神殿でお守りするっていうのは、アレンさん個人がどうこうできる話じゃないの。そういう決まりなのよ」
私がそう言うと、イフリートがぶぅっと頬を膨らませる。
「人間が勝手に作った決まりなんて知らないぞ!」
「イフリート……」
「オレさまたちはティアが気に入った。だから声をかけた。ティアにたまたま聖女の力があって、オレさまたちは受肉することができた。それだけの話だ。いいか? もう一回言うぞ。オレさまはティアに聖女の力があるから声をかけたんじゃない! オレさまたちはティアが好きなんだ!」
力強い言葉に、胸が熱くなる。
「イフリート……!」
「そうよ! 好きじゃなかったら、声なんてかけないわ! 好きだから、一緒にいたいからよ! そうじゃなかったら、そんなことしないわ!」
「ぼ、ボクたちのせいで、ティアが嫌な思いをするのは駄目だよ……」
オンディーヌもグノームも、熱心に言う。
それが嬉しくて――なんだか目頭が潤んでしまう。
「みんな……」
悪役令嬢は嫌われてなんぼ。むしろ、嫌われることこそが存在意義みたいなものだ。それでこそ、ヒロインは輝く。そして、攻略対象から――プレイヤーからも愛されるのだ。
だから、家族以外からこんなにもはっきりとまっすぐに『好きだ!』って言ってもらえるなんて思わなかった。
どうしよう。嬉しい――!
悪役令嬢に転生したことを嘆いたことはない。
でも、やっぱり『悪役令嬢だから』と、愛されることは諦めていたところがあったと思う。
そういえば、家族以外に我儘を言ったことってあったっけ?
それどころか、強く自己主張をしたことってあったっけ?
「っ……」
私――アレンさんに、神殿には行きたくないって、ちゃんと言ったっけ?
ここでパンを焼いていたいですって、パン屋をやりたいですって言ったっけ?
イフリートを受肉したときは、『神殿には黙っていてください』ってお願いしたけれど、それは悪役令嬢の私がヒロインの立場を奪ってしまわないためというのが強かった。
オンディーヌたちの受肉をしてからは――自分の意見を一言でも口にしたっけ?




