4-11
さすがにもう『神殿に報告しないでくれ』は駄目――ですよね?
おずおずと言うと、アレンさんははぁ~っと深いため息をついた。
「――そうですね」
◇*◇
「お、おいしい! アタシ、これ大好きっ!」
オンディーヌがハニーバタートーストを食べながら、尻尾をぶんぶん振る。
にゃんこたちが椅子にちょこんと座ってパンをもぐもぐしている姿はもう可愛いしかないっ! 最の高っ! 最高オブ最高っ!
「クリームパンがすぐに食べられないのは残念だったけど……でも大満足よ!」
「よかった。クリームパンも数日中には……あ……」
焼いてあげるねと言おうとして――私はハッとしてアレンさんを見た。
「それはちょっと……無理……ですかね……?」
「えっ……? ど、どうして……?」
「どういうこと? なんでアタシたちは食べられないの!?」
オンディーヌとグノームが目を丸くして身を乗り出す。
「えっと……」
さすがに、これ以上黙っててもらうのは無しだろう。下手すれば、聖女の誕生を知っていながら神殿への報告を怠ったとして、アレンさんの立場が悪くなってしまう。
私としても、この世界のことを思うなら、これ以上目を背けているわけにはいかない。
苦しんでいる人たちを差し置いて、この世界の異常を見て見ぬふりして、聖女の責務を放棄して自分のやりたいことだけを――パンを焼くことだけに専念していたら、それはただの我儘になってしまう。
それはわかってるの。でも、この世界のことを思えば――人々のことを思えばこそ、悪役令嬢が聖女になってしまうのはマズいんじゃないかって思うの。
だってそうでしょ? 私は悪役令嬢なのよ? シナリオどおり断罪もしっかりされてるの。
それなのに、今さらヒロインの設定を奪うかたちで聖女になるなんて――やっていいことなの?許されるの? それって、バグをバグだと認識したうえでそれを享受しちゃうってことでしょ? 言うなれば、「女優の○○さんですよね?」って言われて、違うのに「そうです!」って言って、ホテルや飲食店で女優の○○さんとしてのサービスを受けるのと同じことなんじゃない? 普通に犯罪だよね? 詐欺だよ、詐欺。
私は悪役令嬢なんだもの。バグを利用して聖女を名乗って、本来ヒロインが受けるはずの恩恵を受け取ってしまうなんて――やっぱり許されることじゃないって思う。
それは、アレンさんたちを騙すことにもなるもの。
でもだからといって、バグがいつ修正されるかわからない今、聖女としての務めが果たせるのは私だけなのに、人々の悩みや苦しみ、この世界の異常から目を背けたままでいるなんて――それもどうかと思うの。
だって、私は『エリュシオン・アリス』の世界が大好きなんだもの!
この世界がおかしくなっているのを、人々が苦しんでいるのを見て見ぬふりなんてできない!
でも、でも、私は悪役令嬢で――!
私は唇を噛み締めて、下を向いた。
堂々巡りだ。
「その……パン屋は諦めなくちゃいけないんじゃないかなー……って……」
それでもとりあえず一度神殿には行くべきだと思う。これ以上、アレンさんに神殿への不義理をさせるわけにはいかないもの。
どうしたらいいかわかってないけれど、もしかしたら大神官さまには相談できるかもしれないし、神殿に行ってから今後の方針を固めるのもいいかもしれない。
「パンを焼くのも……しばらくは……」
「えっ?」
「なんでよ!?」
「ご、ごめんね? すぐにでも焼いてあげたいんだけど、でも……」




