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私は人差しと親指で丸を作って、ニヤリと笑った。
「アシェンフォード公爵家が動くということは当然、それだけお金が動くということでもあります。かなりの臨時収入が見込めると思いますよ。そして、それだけじゃありません。森に入る際には、徹底的に調査を行います。今回の魔獣の出現が突発的なものなのか、棲み処が移動してきたのか、ほかにも魔獣や魔物が存在しているのか――など。退治して終わるのならすぐに退治して、安全に採取ができるようにします」
その言葉に、みなさんがハッとした様子で顔を見合わせる。
「そのうえでナゴンがどれだけあるか調査し、採取。結果によっては栽培に着手するかもしれないってことは……」
「森だけじゃねぇ。このあたり一帯の調査をしてもらえるってことだよな?」
「じゃ、じゃあ……!」
「そうです! 大きなお金が動くうえ、安全も手に入れられる!」
瞬間、みなさんが顔を輝かせて歓声を上げた。
「すげぇ!」
「なんてこった!」
「やっぱり、俺たちにとっちゃ聖女さまだった!」
「間違いねぇ!」
わぁっと沸き立つ皆さんに――一気に明るく和やかになった空気に、ホッとする。
どの世界でも、いつの時代でも、国がなにもしてくれないって嘆く人はいる。そりゃ、そうよ。どの世界でも、いつの時代でも、民が百パーセント満足する政治なんて存在しないもの。
でも、やっぱり嘆くだけじゃ駄目。それじゃ、なにも変わらない。ううん、変わらないだけじゃ済まないわ。毎日愚痴を溢しながら鬱々と過ごす――それが長く続くのは、停滞よりもっと悪い。あきらかにマイナスよ。
国が変わるのを待っていたって駄目。現状を変えたいなら、自分が動かなきゃ!
それも――やっぱりどの世界でも、いつの時代でも同じよ!
だから、私は私のために――私の幸せのために動く!
まずは、一番手が届きやすい幸せ――『毎日、おいしいパンが食べられる』を手に入れるわ!
私は、明るい表情を取り戻したみなさんをぐるりと見回して、にっこりと笑った。
「アシェンフォード公爵家がここにやってくるまで少し間がありますが、できるだけ急ぎますので、その間はあまり森の奥には入らないようにお願いします!」
◇*◇
「これが……『餡』……ですか?」
イフリートとアレンさんが、ホーローの容器に入った餡子を珍しそうにまじまじと見つめた。
「これがー? うみゃそうに見えねーぞ?」
「なんて言うか……見た目は……控えめに言っても泥ですね」
「そうですね。控えめに言って、見た目は泥です」
でも、これがおいしいんです!
デミトナ辺境伯領から帰って、二日。今日は私の住む家の近くの街に来ている。神殿で手伝いをしていたり、パンを配っていたりするところよ。
町の中心の大広場近くの小さな店舗物件。実は、ここにパン屋をオープンする予定なの。
物件自体は一年前に購入していて、厨房にかんしては工事も終わっている。家にあるものよりも大きな石釜オーブンや、そのほか――開発したパン焼き用の魔道具や道具がズラリと揃っている。
販売スペースはほぼ手作り。一年かけて少しずつ手を入れてきた。
清潔感は大事だけど、無機質にしたくない。スタイリッシュでモダンな雰囲気も悪くないけれど、この街には合わない。木や漆喰を使った温かみがあって親しみやすいナチュラルテイストなお店。最近、ようやく満足いく形になったところだ。
今は、家で試作を繰り返してレシピを作り上げて、お店の石釜オーブンや器具を使ってパン焼きトレーニングをしているところ。石釜オーブンなんかは窯のクセってものがあるからね。家でも、店でも、変わらない味を作れるようにしているところ。
同時に、レシピが確定したメニューから、神殿の子供たちや町の人たちに試食をしてもらって、その反応を見て必要ならレシピの改良をしている。この前やっていたのはコレね。
そのレシピがようやく固まってきたから、そろそろお店のオープンも視野に入ってきたって感じ。




