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「愚痴ばかりお聞かせするんじゃないよ! まったく! 消化に悪いだろ!」
そうだそうだと頷き合うみなさんを、奥から出てきたおかみさんが叱り飛ばす。
「いや、そうは言っても不安になるじゃねぇか。だってこの村に魔獣が出たんだぞ? こんなこと、いまだかつてなかったんだ。これからどうしようって思うじゃねぇか」
「そうだけど! 聖騎士さまや聖……お嬢さまには関係ない話だろ?」
おかみさんが私の前に木製のコップを置きながら肩をすくめる。
香ばしい香りが鼻をくすぐる。――あ! これ、ナゴン茶ね?
「お二人の意見を聞かせてもらいたかったんだよ。不安でさ……」
「だよなぁ……。俺ぁ、森に入れなくなったら商売あがったりだしなぁ……」
「そんなの、俺もそうだよ……」
「ここらの人間はだいたいそうだろ……」
「それなのに、将来国を背負うべき御方が、そんなんじゃあなぁ……」
みなさんが鬱々とした表情で下を向く。
さらに空気が重たくなった――そのとき。
「ティア! うみゃかった!」
イフリートが私を見上げてにぱーっと笑う。
「ふわふわのやもっちりのじゃなかったけど、これもうみゃい!」
「……! イフリート……」
私はハッとして、イフリートを抱き締めた。
――そうだ。この子は将来、ヒロインと――そして王太子殿下とともにこの国を守るんだ。
だったらこれ以上、ヒロインや王太子殿下へのヘイトは聞かせちゃいけないわ!
私は木のコップをひっつかむと、ぐいっとナゴン茶を飲み干した。
――うん、おいしい! ふんわり馴染み深い和の風味を感じる。これなら間違いなくイケる!
私は勢いよく立ち上がった。
「みなさん! わたくしは――」
そう言って、胸もとから細いチェーンに通した指輪を取り出した。
「アシェンフォード公爵家より遣わされた者です」
きっぱりと言って、指輪に刻まれた紋章をみなさんに見せる。
「ほ、本当だ! アシェンフォード公爵家の紋章……!」
「聖女さまはアシェンフォード公爵家の縁の御方だったのか!」
いや、そもそも聖女じゃないんですってば。
「アシェンフォード公爵家より依頼を受け、ナゴンの調査に参りました。こちらのナゴンはとても良いものです。アシェンフォード公爵家は、このナゴンを所望いたします」
私の言葉に、みなさんが戸惑った様子で顔を見合わせる。
「あんな……茶にするしかないマズい豆が……?」
「煮ても焼いても食えねぇ豆なのに……どうして……」
「実は、このナゴンにはとってもおいしい食べ方があるんです。調理にかなり時間がかかるので、今すぐみなさんに証拠をお見せすることができないのは心苦しいのですが――」
本当は、今すぐ餡子を食べさせてあげたいんだけど、この世界には圧力鍋も炊飯器もないから、渋切りというアク抜きをしてから鍋で煮るとなると、ゆうに三時間はかかっちゃう。量が多ければ、さらにかかる。今ここで、そんなことできないもんね。
「わたくしが報告を上げたらすぐに、アシェンフォード公爵家は動くでしょう。デミトナ辺境伯に話を通して、ナゴンを大量に採取しにこちらの村にやってくるはずです。そのときには、ナゴンがとてもおいしいものである証拠もお見せできると思います」
「あのアシェンフォード公爵家が……ナゴンを……。いまいち信じられねぇが……」
「いや、でも、実際にこうして聖騎士さま同伴で調査にいらしてるわけだしな……」
「ああ、そうだ。お猫さまも一緒にな」
「お猫さまも」
――お猫さまが定着してしまいそうで怖い。
「まぁ、そうか……。じゃあ、やっぱりナゴンには俺らにはわからん価値があるってことか」
一人の男性が顎髭を撫でながら納得した様子で頷く。――そう! そうです! このナゴンは、本当にすごいものなんですよ!
「森の中に入るときにはアシェンフォード公爵家の騎士団が同行しますし、そのときに採取できた量によっては栽培も視野に入ってきます。それがどういうことかわかりますか?」




