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「はぁ……。聖女さま……いえ、お嬢さまがそうおっしゃるのであれば……わかりました……」
「トマトスープを聖騎士さまとお猫さまにお願いします。あ、お猫さまにも匙を出してくださって大丈夫です。使えるので」
握り持ちだけどね。
「へぇ、賢いんですねぇ。わかりました」
おかみさんがスープを持って、客席に戻ってゆく。
さて、パパッとやっちゃおう!
ボウルに小麦粉と塩と水を入れ、しっかり混ぜる。それをオリーブオイルを引いたフライパンに均一に広げて、弱火にかける。
ハムとトマトをカットし、チーズを削っている間に生地の表面が乾いてくるから、ハムを敷いて、その周りを囲むようにチーズを乗せて土手を作る。ハムの上に玉子を割り入れ、四角くなるように生地の四方向を折りたたむ。
蓋をして少し待って――玉子が固まってきたら、塩コショウ。カットしたトマトを玉子の周りに散らして、もう少し火を通す。
玉子の黄身が半熟になったら、最後にオリーブオイルをサッとかけて、『全粒粉のガレット』のできあがり!
イフリートの分だけは玉子を固めに作って、手で食べられるようにあらかじめカットしておく。さすがにナイフ・フォークは使えないからね。
三人分のガレットを持って客席に戻ると、アレンさんとイフリートはみなさんに囲まれていた。
「……おい、それはさすがに言葉が過ぎるんじゃないのか?」
「いや、だけどよぉ……」
なにやら深刻な話をしているのか、アレンさんもみなさんも表情が暗い。どうしたんだろう?
思わず首を傾げた瞬間、イフリートが私に気づいて、ぱぁっと顔を輝かせた。
「ティアの! ティアのごはんっ!」
「お待たせ。全粒粉のガレットだよ」
お皿をテーブルに並べると、イフリートが歓声を上げ、みなさんが目を丸くする。
「なんだ? 見たことねぇ料理だな」
「おお……。聖女さまと聖騎士さまの食べるもんは、やっぱり違うな」
みなさん、興味津々といった様子だ。う、うーん……。おかみさんのお言葉に甘えて、お部屋で食べるべきだったかな? めちゃくちゃ注目されてて、なんだか食べにくいんだけど……。
でも、今さら席を立つのも、なんだか感じ悪いよねぇ?
居心地の悪さを感じつつガレットをつついていると、三十歳ぐらいの男性が唐突に口を開いた。
「聖女さまは、王太子殿下についてどう思われます?」
「え……?」
王太子殿下?
どう思うかって……なんで?
どうして急にそんなことを訊かれたのかわからずキョトンとしていると、私が王太子殿下の元・婚約者であることを知っているアレンさんが、「それは……」と少し迷惑そうに眉を寄せる。
しかし、男性はそれに気づかず、「いや、さっきも話してたんですけどね?」と言葉を続けた。
「王太子殿下は平民の女性に入れあげて、勝手な行動ばかり繰り返してらっしゃるらしいんですよ。最近はそれで陛下との折り合いが悪く、貴族たちからの評判も最悪だとか」
「え……?」
陛下との折り合いが、悪い?
「学生時代に知り合った女性らしいですよ。聖都にある離宮に囲ってるって話です」
「ああ、それで聖都に入り浸りだって聞いた。王都にはあまり帰ってないって」
「それ、さっきも聞いたけど本当なのか? ご公務はどうしてるんだよ?」
「ほとんどしてないって話。と言うより、陛下が殿下を公務から遠ざけてるらしいぞ」
その言葉に、周りのみなさんがなんだか疑わしげに眉を寄せた。
「え? それはさすがに嘘だろ?」
「俺もそう思う。陛下や殿下の身辺のことが噂になるかよ」
「いや、それが本当らしいんだよ。ダミアンのヤツが仕事で王都に行ったとき、酒場で兵士たちが愚痴ってたのを聞いたらしい。王太子殿下の命令でその離宮の警備をしたんだけど、陛下はそれを仕事とはお認めにならず、王太子殿下の私用につきあい職務を疎かにしたとして処分を受けたって。一兵士が王太子の命令に逆らえるわけがないのに、あまりにも理不尽だー! ってよ」




