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食堂って聞くと、私たちはついついいろいろな料理が食べられるところを想像してしまうけれど、こういったところの食事はだいたい一種類のみ。『出されたものを食べる』が基本だ。
「はい、トマトと鶏のスープです。召し上がります?」
「はい、二人分お願いします」
私は朝はそれほど食べないけど、アレンさんとイフリートはしっかり食べるほうだから、あるといいかもしれない。
「わかりました。すぐに用意しますね」
おかみさんはそう言って、ふと私の周りを見回した。
「あのぅ、聖女さま? 赤いお猫さまがご一緒なんじゃ?」
「え……?」
赤いお猫さまとは?
私は一瞬ポカンとして――だけどすぐにイフリートのことだと気づいて、慌てて頭を下げた。
あ! そ、そっか! 昨日、案内のおじさんにイフリートを見られてたんだった!
「す、すみません! だ、黙って連れ込んでて……そ、その……ええと……」
「ああ、いいんですよ。いえ、もちろん普通の猫は絶対にダメですけどね? 聖騎士さまがお仕えしている聖女さまのお猫さまなら大丈夫です。でも、今度からは先に言ってもらえるとありがたいですねぇ、今度があればですけど」
おかみさんがカラカラと笑う。ほ、本当にごめんなさい!
精霊のイフリートは、受肉したとはいえやっぱり普通の猫とは違うからお部屋を汚すことはないんだけど……。それでも、宿のルールを破っていたことには違いないから、しっかり謝る。
「きちんと掃除をして出ますから」
「いいですよぅ、そんなの。――それで、お猫さまは?」
「あ、部屋に……。さすがに、食堂に連れ込むのはどうかと……」
「お猫さまなら構いませんよ。お部屋のほうが落ち着いて食べられるなら、そちらに運びますが」
「ええと……」
イフリート自身は人が好きだ。ふれあうのも大好き。だから、食堂で私たちやみなさんと一緒にご飯が食べられるってなったら喜ぶだろうけど……迂闊な発言も多いからなぁ……。
私は少し考えて、「イフリート」と小さく呼んでみた。私の声はどこにいても届くらしいから。
「食堂で、一緒にご飯食べる?」
「食べる!」
間髪入れず元気なお返事とともに、ポンッとイフリートが現れる。
瞬間、食堂がどよめきに包まれた。
「赤いお猫さまだ!」
「あれがお猫さまか!」
「思ってたより大きいな!?」
私はイフリートをキャッチしてしっかりと抱き締め、その耳もとで小さく囁いた。
「精霊ってことは言わないでね? お猫さまで通して」
「お、おう! わかったぞ!」
「じゃあ、アレンさんの隣で待ってて」
しっかり釘を刺してからイフリートを床に下ろして、私はおかみさんとともに厨房へ向かった。
「玉子はこちらに。野菜はトマトとオニオン、ポワロー、コールがございますよ。お言葉に甘えて宿泊代金につけさせていただいているので、余りものと言わずお好きに使ってください」
「ありがとうございます」
続いて、いくつかのチーズや小麦粉なども出してくれる。
私は部屋から持ってきたハムと調味料を台に置いて、袖をまくった。
「あ、聖女さま。ナゴン茶を飲んでみたいっておっしゃってましたよね? 作っておきましたよ。一緒にお出ししましょうか?」
「あ、お願いします。ただ、ええと……その聖女さまっていうの、やめてもらっていいですか? 私、聖女じゃないんで」
ちゃんとおじさんにも名乗ったはず。パン屋ですって。
「え? でも……」
「いや、本当に聖女じゃないんで」
元・悪役令嬢で、パン屋(予定)なんで。




