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第四章 パンがこの世界を救うのです?

「おぉっ! 聖女さまと聖騎士さまだ!」


 一夜明けて――朝。宿の食堂に入った途端、わっと歓声が上がる。

 私はびっくりして、思わずその場に立ち竦んでしまった。


 聖騎士さまはあってるけど……せ、聖女? ――って、えっ!? 食堂、満員なんだけど!? なんでこんなに人がいるの!?


「ありがとうございます! 魔獣を退治してくださって!」


「被害が出る前に対処していただけて、本当に助かりました!」


 たくさんの人たちが口々に私とアレンさんを称えながら、わらわらと近寄ってくる。


「いやぁ、幸運だったなぁ! 偶然、聖女さまと聖騎士さまがいらしていたなんて!」


「本当になぁ、これぞ主のお導きというヤツだろう。ありがたい!」


「それにしても、まさかこの村の近くに魔獣が出るなんて……信じられねぇよ」


「そうだなぁ……。今後も出るようになったらどうしたらいいんだ?」


「どうしたらいいって……俺らにゃどうしようもねぇだろう」


 みなさんが不安そうに視線を交わし合う。


「ホラ、アンタたち! 囲んじまったら、お二人がお食事できないだろ?」


 そのとき、宿屋のおかみさんがパンパンと手を打って声を上げた。


「すみませんねぇ。うち、食堂だけでも利用できるんで、宿泊客じゃないからって断れなくて」


「あ、いえ、大丈夫です」


 一階が食堂、二階が宿泊部屋というタイプの宿は、この世界の主流だ。


 そもそも、この世界――そして十九世紀半ばのヨーロッパでは、食事をするためだけのお店ってものすごく少ない。


 営業時間が固定で、客がメニューから好きなものを選んで注文するっていう形式の――いわゆるレストランができたのは十八世紀の後半のこと。それも、今のようにメニューが豊富ってわけじゃなかったの。でも、当時は、『食事をするためだけの店』で『食べたいものを選べる』ってだけでかなり画期的だったみたい。


 それまであったのは、食事もできる店――つまり、食事はおまけなの。パブ――酒場だったり、ここのような宿屋、あとは紳士の社交場であるコーヒーハウスなどがそれにあたる。

 あとは、食事をするためだけの店だけど、メニューが存在しない店。あるいは特定の料理だけを出す店――たとえばローストチキンが食べられるお店とか、日替わりで豚肉料理だけ出す店とか。お任せ一品のみの店みたいなのは中世の時代からあったようだけど、絶対数は少なかったみたい。


 だから、十九世紀半ばのヨーロッパがモデルのこの世界でも、王都には貴族専用のレストランが結構あるけれど、そうでなければ食堂兼宿屋が一軒あるのみなんてところはまだまだたくさんある。


 だから普段から宿屋を食堂として利用していて、徒歩圏内に住んでいるから泊ったことは一度もないけれど常連って人はわりと多いの。


 ちょっと驚いたけれど、聖騎士さまがプライベートでいらしてるってなったら、じゃあこの村で唯一の宿であるここに泊まっているだろうって考えるのは自然って言うか、もう当然だよね。


 そのうえ、近くに魔獣が出るなんてショッキングなことが起きたんだもの。退治してくださった聖騎士さまにお礼を言いたい、今後が不安だから話を聞きたいって思うのもごく自然なことだし、当然のことだと思う。私でも食事がてら行こうかなって考えると思うもん。おかみさんが謝ることじゃないわ。


 当然、アレンさんや私のことを慮って、やってきた常連客を断る必要なんてない。


「ホラ、うるさくするんじゃないよ! そして、注文しないヤツは出てってくんな!」


 おかみさんが人垣を崩して、テーブルを空けてくれる。それで充分。


「あ、あの、おかみさん。また厨房を少しお借りしたいのですが……」


 おずおずと申し出ると、おかみさんが振り返ってにっこりと笑う。


「あ、はいな。何か食材は使われます?」


 すでに、昨日の朝に朝食とお弁当作りに、帰ってきてからは夕食作りに厨房を借りているから、おかみさんも慣れたものだ。


「全粒粉……小麦粉を少しと、玉子を。あとは、チーズや余っているお野菜があれば」


 私はそう言いながら、ふと傍らでお食事中のお兄さんの手もとを見た。


「今日のメニューは、トマトの煮込み……いえ、スープですか?」


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