3-15
アレンさんが微笑んで、そっと優しく私の手を取り、くちづけをする。
「あなたの笑顔を守るために」
温かくて、優しくて、甘い――唇の感触と、嬉しくてたまらないと言わんばかりの幸福感溢れる笑みに、ドキンと心臓が音を立てて跳ねた。
「っ……アレンさん……」
「ナゴンを採取して、早めに森を出ましょう」
「あ……! は、はい……!」
私はイフリートを下ろして、急いでバッグから採取用の瓶と麻袋を取り出した。
そして、呆然と座り込んだままのおじさんに駆け寄った。
「あの、おじさんも大丈夫ですか?」
「え……? あ、は、はい!」
ようやく魂が戻ってきたのか、おじさんがビクッと身を弾かせて私を見上げる。
「て、手伝います!」
「あ、ありがとうございます。ではあきらかに小粒なものや傷があったり変形しているもの以外をこの袋の中に入れてくださいますか?」
「は、はい! わかりました!」
おじさんは立ち上がって、袋を受け取って――それからあらためて私を見つめると、おずおずと口を開いた。
「あの、それで……あなたさまはいったい……」
あー……まぁ、そうだよね、疑問に思わないわけないよね。巨大な真紅の猫っぽいものを連れて、聖騎士に守られている存在って、私ですらなにさまだって思うもん。
なんて答えよう? 『悪役令嬢』はあくまでゲーム内での私の役割でしかないから、普通の人に言ったって通じないしなぁ……うーん、どうしよう?
「えーっと、もうすぐパン屋です」
「はい……?」
◇*◇
「いったいどうなってるのよ!」
アリス・ルミエスは金切り声で叫び、苛立ちに任せてテーブルの上のティーカップを手で払った。
それは床に叩きつけられ、ガチャーンとひどく耳障りな音を立てる。
それにまたイライラする。
「なんでエピローグがシナリオどおりにならないのよ! もう二年よ? 二年!」
攻略は完璧だったはずだ。生前――アリス・ルミエスとして目を覚ます前にどれだけエリアリをやり込んだと思っているのか。ステイタス画面がなくったって、絶対の自信でもって断言できる。間違いなく最大好感度でトゥルーエンドを迎えているはずだ。
「そりゃ、精霊と交流を持つことはできなかったから、ちょっとズルはしたけど……」
どれだけ待っても精霊の声が聞こえることはなかった。だから、ヒロインが精霊と戯れる様子を攻略対象や悪役令嬢が目撃するシーンのいくつかは、魔法でそれっぽく偽装した。それは認める。
だが、それ以外は完璧だったはずだ。
その証拠に、王太子ルートのトゥルーエンドを迎えることができた。悪役令嬢の断罪シーンも、クリスティアンからの告白シーンも、ゲームそのままだった。寸分の狂いもなかったのに。
それなのに、エピローグがシナリオどおりにならない。
相変わらず精霊の声は聞こえず、交流を持つこともできていないから、聖女としての立場を確立することもできていない。
聖女として認めさせることができていないから、王太子妃になるどころかまだ婚約することすらできていない。
王太子――クリスティアンは相変わらず優しいし、愛してくれるけれど、気のせいだろうか? 少しずつ態度が変わってきているというか、以前と比べて情熱が落ち着いてきている気がする。
どこまで本当かはわからないが、王宮内で彼の立場が微妙になってきているという噂も聞いた。
「国王の一人息子で、どうして立場が悪くなることがあるのよ……」
王位継承者には、大公――国王の弟でクリスティアンの叔父にあたる殿下も名を連ねているが、クリスティアンが健在である限り継承順位が入れ替わることなどありえないだろうに。
「なんでうまくいかないの?」




