3-12
私はその場に膝をつき、ナゴンのさやに触れた。
「ナゴンってシーズンがありますよね? 今の時期しか採れないなら……」
ここにある分をすべて採ったとしても、一年分って考えたら全然足りない。毎回ここまで採りに来るのも大変だから、栽培するってなるとさらに量が必要になる。
さて、どうするか――考え込んだ私に、おじさんが「いーや」と首を横に振る。
「ナゴンは一年中採れますよ」
「ええっ!?」
たしかに、この世界は常春に近いというか――冬以外はあんまり寒暖差がないけれど、それでも植物はきちんと四季を守ってたり、魚介類にも旬があったりするから、ナゴンも小豆と同じように種まきの時期や収穫の時期があるんだと思ってた! 一年中!?
こ、こんな最高級大納言が一年中手に入るなんて最高すぎるんですが!?
「じゃあ、とりあえず栽培に成功するまでは、現地の方々に採取してもらってそれを買い取る形でなんとか……」
頭の中でそろばんをはじき出した――そのときだった。
「ティア!」
鋭い声とともに、イフリートが姿を現す。
と同時に、アレンさんが腰のナイフに手をやり、身構えた。
「え? な、なに……?」
「ひ! な、なんですか!? その赤いのは!」
驚く私の横で、おじさんもまたイフリートを見て悲鳴を上げる。
「ま、ま、魔物……! 魔獣なのでは!?」
「はぁ!? オレさまが魔獣!?」
イフリートがムッとした様子でおじさんをにらむ。
「静かに。――大丈夫です。彼は、我らを守ってくださる存在です」
ある一点を見つめたまま、密やかな――だけど厳しい声で言って、アレンさんが何もない空間に手を掲げる。
その手の上に、銀色に光り輝く美しい剣が現れた。
この世界に、その剣を知らぬ者はいない。
「あ、あなたは、聖騎士さまだったのですか!?」
「ええ、聖騎士として嘘偽りでないことを誓いますから――静かに。ヤツらを刺激しないように」
ヤツらって……。
その言葉に息を呑んだ瞬間、木々の向こうからグルルルッと獣の唸り声のようなものが聞こえる。
おじさんはビクッと身を震わせ、両手で口を塞いだ。
「獣、ですか……?」
ごくごく小さな声で尋ねると、イフリートが聞いたこともない厳しい声で「違う」と答える。
「魔物――魔獣だ」
魔物とは魔の性質を持つバケモノの総称。その中で、私たちがよく知る獣の形をしているものを魔獣と呼ぶ。魔物の中には知性を持ったものも存在するけれど、魔獣は魔性――魔の性質を持っているだけで、野生の獣と変わらず本能に従って行動するもの。基本的に人間のような知性は持たず、意思疎通をはかることはほぼ不可能とされている。
「ど、どうして……? ここは、魔物が出るような地域じゃないって……」
「そのはずです。魔物による事件があったなんて、聞いたことがありません。討伐要請はもちろん、魔物を目撃したという報告すら上がったことはないはずです」
おじさんを見ると、彼も両手で口を塞いだまま首を縦に振る。
「そもそも、そんなことが一度でもあったのなら、ここにあなたを連れてきていませんよ」
「それなら……どうして……」
グルルルルッという唸り声が、どんどん近づいてくる。
「足音は五……いや、七か?」
ブツブツと呟くアレンさんの横に、イフリートが並ぶ。
「ああ、全部で七匹だな。オレさまならすぐに片づけられるけど……このあたりを焼いちゃうのはマズいよな?」
イフリートがそう言うと同時に、木々の間から闇色の身体をした大きな狼が姿を現わした。
瞳は緋色。牙は口の中に収まり切っておらず剥き出して、絶えずダラダラと涎を垂らしている。その体躯は、普通の狼のゆうに三倍はあるだろう。




