3-10
アレンさんが困ったように視線を彷徨わせる。
「アレンさん?」
「あの……この宿は、この部屋と大部屋の二部屋しかないそうで……いつもは空いているそうなんですが、今日はたまたま荷運びの集団が泊まっていて、ほかにベッドがなかったので、その……」
アレンさんが私から視線を逸らしたまま、かぁっと顔を赤くする。
「その……私は聖騎士です。俗世の欲は捨てておりますが、それでもレディと同じ部屋で眠るのはどうかと……」
ああ! そ、そういうこと?
ようやくアレンさんの言わんとしていることを理解して、私も顔を赤らめた。
ご、ごめん! 前世から筋金入りの喪女やってるもんだから、そういう感覚ってもう完全に麻痺してるって言うか! むしろ退化しちゃってるのよね!
「なんでだめなんだー?」
イフリートがきょとんとして首を傾げる。あ、そこは理解しなくてもいいの、イフリート。いつまでも無垢な存在でいて。
「で、でも、もうすでに、一つ屋根の下で眠ったことはあるわけですし……」
「いや、さすがに同室じゃなかったじゃないですか……」
そ、そうだけど……。でも、私の寝室には鍵なんてついてないから、ぶっちゃけ同室で寝るのと変わらなかったわけだし……。壁があるっていうのは心理的に大きかったのかもしれないけど……。
「だ、大丈夫です。襲ったりしませんから」
「逆でしょう。襲われる心配をしましょうよ……」
え? でも、アレンさんのほうがあきらかに美人だしなぁ……。
それに、アレンさんは清廉潔白であるべき聖騎士だよ? そういう欲望は、本人も言うとおり、ないはず。まぁ、それを言ったら、私にもないんだけどね? 私は清廉潔白ではなく、筋金入りの喪女だからなんだけど。
「ティアのことはオレさまが守るから、なにも問題ないぞ!」
イフリートが無邪気に言う。そうだね! そうだよ!
「この子の前で、そういうことをしようって気になります? ならないでしょう?」
イフリートをぎゅ~っと抱っこしながら言うと、アレンさんが「それは、まぁ……」と頷く。
「しかし……だからと言って……」
「私は気にしません。アレンさんが嫌でないなら、隣で寝てください。むしろ、明日は朝早くから山に入るわけですから、できればしっかり休んでほしいです」
ポータルを使ってかなり短縮できたとはいえ、それでも馬車での移動距離も相当あったわけだし、アレンさんはさらに聖都から私の家までも移動してきてるわけだから。
私がそう言うと、アレンさんは観念したように「わかりました……」と息をついた。
「同じ部屋で眠ったなんて……アルザールに知られたら殺されるな……」
「え……?」
アレンさんの小さくポツリと呟く。私は聞き慣れた名前に思わず目を丸くした。
「アレンさん、兄をご存じなんですか?」
「え? あ、はい。彼は優秀な騎士ですからね。聖騎士の間でも、彼の名は有名です」
優秀な騎士だから知ってるって感じじゃなかったけど……。なんて言うか、昔からよく知ってる仲のような……。
まぁ、でも、詮索するようなことじゃないか。
「じゃあ、明日も早いですし、階下の食堂で何かお腹に入れたら休みましょうか」
気を取り直してにっこり笑った私に、アレンさんは覚悟を決めた様子で肩をすくめた。
「……そうしましょう」
◇*◇
ざわざわと木々がざわめく。
ほとんど手入れをされていない深い森の中。木々が陽光を遮るほど枝を伸ばし、鬱蒼としている。背の高い草も生い茂っており、その間を縫うように獣道が通っている。
でも、不気味な感じはしない。どこからか聞こえるせせらぎに合わせて、小鳥が歌っている。
苔むした地面は滑って厄介だけれど、上も下も周り三六〇度すべて緑に染まった世界は幻想的で、息を呑むほど美しい。




