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3-7

「……はい……」


「じゃあ、小豆の話に戻っていいですか? って言うか、イフリートがグノームの名前を出す直前、なにか思い当たるものがあったような反応してませんでした?」


「ええ……一つ、思い出したものが……」


 アレンさんはもう一つ深いため息をついて――それから気を取り直した様子で私を見た。


「東の辺境の地に、ナゴンという名の豆があります。生っているところは見たことがありませんが、粒は小さく、もとの色は赤銅色――だったような気がします」


「もとの色?」


「ええ、ナゴンはそのあたりではお茶として飲まれています。そのままでは煮ても焼いても渋くて苦くて食べられないので、一晩水につけたあとじっくり炒って、さらに乾燥させます。そのときの色は赤黒くなっているので……」


「お、お茶として飲むんですか!?」


「そうなんです。やっぱり違いますか?」


「いえ、逆です! 小豆もお茶として飲むことがあるんです!」


 おおぉ……! これは……ひょっとしたらひょっとするんじゃないの?


「あの! ナゴンはその辺境の地で栽培されているんですか!?」


「いえ、森の中に自生しているのを採取しているだけのはずです。現状はマズくてお茶として飲むしかない豆なので、手間暇かけて栽培するメリットがないんだと思います」


 おおっ! 聞けば聞くほど小豆っぽいじゃない! ヨーロッパにおける小豆の評価って、最初はそんなもんだったし!


 私は両手を握り合わせて、身を乗り出した。


「そのナゴンを試してみたいです! 東の辺境の地ってどこですか? 教えてください!」


「私が知っているのは、アズール地方のデミトナ辺境伯領ですね。ご案内しましょう」


「えっ!?」


 いやいやいやいや! ここからデミトナ辺境伯領までどれだけかかると思ってるんですか! 


「聖騎士さまに一ヵ月以上も時間を割いていただくわけにはいきませんよ!」


「ええ、もちろん、パン屋の準備を一ヵ月以上も中断させるわけにはいきません」


 アレンさんが真顔で頷く。いや、違う。気にするべきはそこじゃない。


「いえ、そうじゃなくて……」


「ですから、神殿のポータルを使いましょう」


「アレンさんを……って、ええっ!?」


 ポータルとは、ファンタジー作品やゲームなどに登場する、異世界または遠地に繋がる出入り口、または通り道のこと。まぁ、言うなればテレポート装置よ。


 この世界のポータルは主要都市の神殿などに設置されていて、王族や国の重職の方々が地方での式典に赴くときや、視察にゆくとき、神官さまが災害や魔物の被害に遭った地に復興や浄化などの目的で行かれる際、そして騎士さまや聖騎士さまが緊急の任務に当たる際などに使われている。

 つまり基本的に、暗殺などを警戒しなくちゃいけないやんごとなき身分の方々に安全に移動してもらうためだったり、神官さまや騎士さま、聖騎士さまによる迅速な対応が求められるときなどに使われるもので、ニート(元・公爵令嬢)が、『アンパンを作りたい』『小豆を見つけたい』なんてこれでもかってぐらい個人的な欲望を満たすために使っていいものじゃないのよ!


「いいいいいいくらなんでも、ポータルだなんて……」


「いえ、これは聖騎士としての判断です」


 アレンさんはそう言って立ち上がると、私の前に膝をついた。


「えっ!? ちょ、ちょっとアレンさ……」


「今や、あなたさまの御身は、王に匹敵するほど尊いものです。――いえ、王を凌ぐ。この国で、あなたほど貴重な存在などありません。なぜなら」


 アレンさんが顔を上げ、金色に見えるその瞳でまっすぐ私を見つめる。


「王には継ぐ者がいます。つまり、王は替えがきく」


 一歩間違えば反逆ともとられかねない発言に、思わず息を呑む。


「アレンさん、それは……!」


「ですが、聖女は違います。先代の聖女――あなたの前に精霊の受肉に成功した方が亡くなられて、すでに三百年以上が経過しています。そのため、今を生きる人間は誰も、聖女の力を――受肉した精霊を目にしたことがない。伝承で知るだけです。正直、私は……」


 そこで一旦言葉を切ると、アレンさんが少し恥じ入った様子で俯いた。


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