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「食用として扱われてない?」
「その可能性はあります」
日本でも、お手玉の中身、枕の詰めもの、楽器の材料なんかに使われているもんね。
「普通に煮ただけではかなり渋くて苦いので。あと、とても固いんです。渋抜きという処置をしてさらに四十分から一時間ほど煮て、ようやく柔らかくなるぐらいで……」
「そんなにですか……」
アレンさんがうーんと考え込む。
そんなアレンさんを見つめたあと、イフリートは少し考えて、私を見上げた。
「なぁなぁ、グノームならわかると思うぞ」
「え? グノームって……大地の精霊よね?」
「そうだぞ。アズキって植物なんだろ? じゃあ、アイツに訊きゃ一発だ。オレさまが呼んできてやろうか?」
「そ、それはダメっ!」
き、気持ちはありがたいけど、それだけは丁重にお断りさせていただくわ!
「なんでだよ? ほしいんだろ? アズキ」
ほしいけど! 喉から手が出るほどほしいけども! でも、それはダメ! ほかの精霊たちまで私が受肉させてしまうわけにはいかない。それはヒロインの役目だもの!
「呼んでくる……?」
アレンさんが眉を寄せ、イフリートを見る。
「待ってください。彼女にはほかの精霊を受肉させる力もあるってことですか?」
「当たり前だろ? オレさまの声を聞いて、受肉させることができたんだから。火の精霊はできて、ほかの精霊はできないなんてことはないぞ。同じ精霊なんだから」
アレンさんはその言葉に息を呑みこむと、ガタンと音を立てて勢いよく立ち上がった。
「やはり聖都に戻ります! 聖女のご誕生を報告しなくては!」
きゃあっ! 待って!
「そそそそそれは、さっき話がついたじゃないですか! ちょっと待ってくれるって!」
実は、クリームパンを焼いている間に、聖女の誕生を報告しに戻ると言い出したアレンさんと、それだけは勘弁してほしい私で……その……一悶着あったのよ。
そのときはなんとか『報告は必要だけれど、少しだけ待つ』って結論に着地してたんだけど……くっ! 蒸し返された!
「しかし、ほかの精霊も受肉できるのであれば……」
「げ、現状、できる能力があるってだけじゃないですか! イフリート以外の精霊が私を認めて、受肉してくれるかどうかはまた別の話で!」
「えっ? なに言ってるんだ?」
イフリートの「ティアが認められないわけがないだろ? みんなすぐに受肉するさ」と言う口を慌てて手で塞ぐ。ごめんね、イフリート。ちょっと黙ってて!
「むぐぐ……」
「いや、しかし……」
「泣いて土下座しますよ? いいんですか?」
こちとら社畜歴長いんで、まったく躊躇いなく流れるように美しい土下座を披露できますけど、よろしいですか!?
変な脅し文句だと自分でも思うけど、でもこれが実はアレンさんにはめちゃくちゃ効く。
クリームパンを焼いている間にその件で少し揉めたって言ったでしょ? その際に、「少しだけ待ってください!」って頭を下げたら、アレンさん悲鳴上げたんだよ? 「や、やめてください!聖女が頭を下げるなんて! わかりました! わかりましたからっ!」って。
どうやら、聖女のような尊い御方に頭を下げさせることはとんでもない罪だと思っているみたい。まぁ、気持ちはわかる。私も陛下や大神官さまに謝られたりしたら、どうしたらいいかわからなくなるどころの騒ぎじゃない。あまりにも申し訳なさすぎてうっかり自殺したくなると思う。
狙いどおり、アレンさんはビクッと身を弾かせて――参りましたとばかりに深いため息をついた。
「……わかりました……」
よし! 勝った!
私はテーブルの影でグッと拳を握り締め――なんだかひどくダメージを受けているアレンさんににーっこりと笑いかけた。
「もう蒸し返さないでくださいね? じゃないと、泣いて土下座しますから」




