3-2
「はい。チョココルネは、クリーム状にしたショコラを渦巻きの形に焼き上げたパンの中に詰めたものなんですが……」
「えっ!? ショコラを、クリーム状に?」
アレンさんが目を丸くする。
カカオがヨーロッパに伝わったのは、十六世紀のこと。
古代メキシコにて紀元前の時代から、カカオは細かくすり潰して、とうもろこしの粉を加えたりバニラやスパイスで香りをつけたりして飲まれていたの。それが『ショコラトル』。
『ショコラトル』は、ショコラ――ホットチョコレートとは違って、ドロドロと口当たりが悪くて、渋くて、苦くて、くどかったって話。栄養価が高いからある種お薬のように飲んでいたらしいわ。
その約三百年後――十九世紀のはじめに、みんなもよく知るオランダ人のヴァン・ホーテンが、『ショコラトル』を飲みやすくしたものを開発。これが今も大衆に愛されている『ココア』。
ここにいたっても、カカオは飲みものだったのよ。
その後、イギリス人のジョセフ・フライによって食べる『チョコレート』が発明されたんだけど、まだ苦みが強くて一般的に普及するにはいたらず。
十九世紀末ごろになってようやく、スイス人のダニエル・ピーターによってジョセフ・フライの『チョコレート』にミルクを加えた、甘くてまろやかで口当たりのいい『ミルクチョコレート』が開発されて、それが人々を魅了し――今日にいたるって感じなの。
で、この世界では、まだ『ココア』までなのよね。固形はもちろん、クリーム状のものもない。
「はい、クリーム状のほかにも、固形……板状や粒状のものも開発したいと思ってます」
ここは乙女ゲームの世界。もちろんジョゼフ・フライもダニエル・ピーターもいない。十九世紀半ばの現実の世界にタイムリープしたなら、彼らの功績を奪ったあげくに歴史を変えてしまうのはどうかと思うけれど、フィクションの世界ならそのあたり関係ないもんね。
なければ、作る。
それでいいと思ってる。
「それは興味深いですね……」
チョコレートのほうは、ココアがあるからカカオが存在していることは確認できているけれど、ココアじゃなくてカカオの実自体を安定して仕入れられるルートが見つけられていないのよね。
そこさえクリアしてしまえば、作ることは簡単だ。
問題は――。
「アンパンですが、このクリームパンのクリームを餡に変えたものなんです」
「アン、とは?」
「ええと……遥か極東の国にあるもので……」
う、嘘は言っていないわ。この世界のモデルが十九世紀半ばのヨーロッパって考えたら、日本ははるか極東の島国だもの。ただ、あくまでモデルだから、この世界の東の果てに本当に日本が――あるいはそれによく似た国が存在しているかは別として。
「簡単に言うと、豆を甘く甘~く煮たものなんですが……」
「豆を甘く!?」
アレンさんが、ギョッとした様子で目を丸くする。
まぁ、そうだよね。
ヨーロッパでも、豆はたくさん食べられている。イタリアでは「トスカーナ人は豆食い」なんて言葉があるほど豆料理が多い地域があるし、イギリスでは白いんげん豆をトマトソースで煮込んだ『ベイクドビーンズ』が朝食の定番。フランスでも『カスレ』という白いんげん豆とソーセージや鴨のコンフィをトロトロに煮込んだ郷土料理があったりする。
塩茹でしてサラダにしたり、さらにマリネしたり、カスレミネストローネやなどの煮込み料理はもちろん、ポタージュにしたり、潰して揚げてコロッケにしたり。とにかくいろいろな調理方法で豆を食べている。
でも、豆を甘く煮るって料理はほぼない。
日本食などが入ってきた現在はともかく、十九世紀半ばとなればほぼゼロと言ってもいいぐらい。
豆料理が豊富で、豆が普段の食生活に深く結びついているからこそ、豆を甘味として食べるって意識があまりなかったみたいなのよね。
「そ、それは美味しいのですか?」
アレンさんも、まったく想像がつかないって表情だ。
「美味しいです! 信じられないかもしれませんが、ものすごく美味しいんですよ! ただ、その材料が手に入らなくて……」




