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 でも、そのときふと思ったの。


 私が――アヴァリティアがゲームの世界観を壊してしまうような勝手な行動をしたら、いったいどうなるのだろう?

 それでもゲームはシナリオどおり正しく進むのだろうか?


 それなら、いい。


 でも、もし――そうじゃなかったら?

 結末が大きく変わってしまったら? ううん、それならまだいい。もともとマルチエンディング形式なわけだし、たとえバッドエンドだったとしてもきちんと着地地点にたどり着けるならいい。

 でも、バグが大きすぎて、ゲームが進まなくなってしまったら?

 そのままエラーを起こして、この世界が壊れてしまったら?


 そう考えたら、一気に怖くなってしまった。


 自分の我儘で、世界を壊していいはずがない。


 なによりこのゲームの大ファン――エリアリクラスタとして、それだけは絶対にしたくなかった。私、二次創作ですら、公式へのリスペクトを感じない改変は絶対許せない派だもの。世界観を壊す、ゲームを止めてしまう危険性のある改変なんて絶対NO! そんなの、ヲタクの風上にもおけないじゃない!


 それからというもの――私は悪役令嬢としての役目をまっとうすることだけに心血を注ぐようになった。


 ゲーム内で描かれているシーンはきっちり完全再現。

 それ以外でも、世界観設定・キャラクター設定に反しない行動を心がけた。


 好きなことをやるのは、ゲームがエンディングを迎えたあとでいい!

 まずはゲームがきちんとエンディングを迎えるように、悪役令嬢としての役目をまっとうする!


 もともとセリフの一言一句を覚えてしまうほどやり込んだゲーム。私が演じたアヴァリティアは、ゲームそのまま――自画自賛になるけど、本当に完璧だったと思うわ。


 だから、二年前――ちゃんと王太子ルートのトゥルーエンドを迎えることができた。


 アヴァリティアはシナリオどおり破滅。辺境の神殿送りとなり、心を入れ替えるために一年間は下級神官として徹底して神への奉仕活動を行った。

 その後、アシェンフォード公爵家の領内には戻ることが許されて――とある町はずれの森の中の小さな屋敷に住みはじめた。


 そこから、ようやく私の時間!


 一年間かけて、安定的に仕入れられる上質な小麦を見つけて、確保。砂糖の仕入れ先も見つけて、何度も交渉に交渉を重ねて、契約。魔道具――魔法が原動力の家電のようなものよ――の腕のいい職人を見つけ、パンを焼くのに適した大容量の石釜オーブンを開発。これはすごく時間かかった!


 同じく、パンを焼くのに必要な道具で、この世界にまだないものは、職人さんとともに自作。


 さらには、レーズンやバナナ、リンゴ、ヨーグルトなども手に入れて、自家製のパン酵母作りも。


 そのあとは、とにかく試作! 試作! 試作! 試作の嵐! 本当に頑張った!


「よし、二次発酵終了!」


 時計を確認し、パン生地を確認する。うん! いいぞっ!


 バゲットは形を整えて、斜めに三本クープと呼ばれる切れ目を入れる。ブールは型から外して、十字にクープを入れる。そうしたら、サッと軽く表面を霧吹きで湿らせ、あらかじめ熱しておいた三段石釜オーブンにそれぞれIN。


 バターロールは表面にとき玉子を塗って、こちらも石釜オーブンへ。


 いやぁ~! 楽しみだな~!


 もちろん、一年前に一人暮らしをはじめてから、キッチンストーブについてる小さなオーブンで自分用のパンは焼いていたのよ? さらに言えば、仕入れる小麦の選定のため、自家製パン酵母のできの確認のため、大容量の石釜オーブンができてからはオーブンのクセを知るために、日常的に。


 でも、今日のは少し事情が違う。


 これは、はじめて私以外の人――この世界の人たちに振る舞うためのパンなの!

 パンがあんな罰ゲームパンだけだと思ってほしくない。もっといろいろなパンがあることを――そしてその美味しさを、この世界の人たちにも知ってほしい。


 ゆくゆくは、パンで生計を立てられたら素敵。


 あ、腐っても――と言うか、破滅しても、そこは公爵令嬢。超お金持ちのお嬢さま。お母さまの実家経由で毎月結構な資金援助がある。だから、なにもしなくても生活に困ることはないんだけど、それはそれ。これはこれ。 

 信じられないかもしれないけれど、長年社畜をやっているとね? 暇が怖いの。あり余る時間がとてつもなく恐ろしい。なにかしなくちゃって衝動に駆られていても立ってもいられなくなるのよ。頭おかしくなっちゃうぐらい。


 元・社畜にスローライフは無理。


 お嬢さまらしく昼前に起きて、ぽかぽかした木陰でゆったりと朝食を取って、森の中を散策して、お茶をして、お昼寝をして、少し読書などして、ディナーを楽しみ、星を眺めながらお酒を嗜み、たっぷり二~三時間かけて身体とお肌のケアをして寝る――そんな生活にはすごく憧れるけれど、でもできないの。すでにできない身体になっちゃってるの。


 生活に困ることはなくても、仕事がしたい。ある程度は時間に追われていたい。

 そう思ったとき――一番最初に頭に浮かんだのが、パンだった。


 もうエンディングは終えているもの! ゲームへの影響は考えなくてもいい!


 だったら、この世界に美味しいパンを広めたい!


「……! ああ、いい香り……!」


 漂いはじめたパンが焼ける香ばしい香りに、自然と唇がほころぶ。 


 はじめは受け入れられやすいように、この世界のパンに比較的近いハード系を中心に焼いていくつもり。前世(?)でも焼き慣れているしね。でも、いつかはクロワッサンやブリオッシュなどのヴィエノワズリー系にも挑戦したいな。あとはサンドウィッチやタルティーヌ、バーガー系などの総菜パンも作っていきたい。


連載はじまりました。

しばらくは1日1ページずつ更新します。

一章分が終わったら、少しお休みをいただいたのち、また1日1ページ、あるいは2日に1ページという感じになるかと思います。

ゆったりペースですが、どうぞお付き合いくださいませ。

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