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2-16

 受肉したことで嫌な思いをさせてはいけない。受肉したことを後悔させてはいけない。


 だって、今後バグが修正されても、彼には正しい聖女――ヒロインのもとで聖獣としてこの国をずっと守っていってもらわないといけないんだもの。


 私は気を取り直して、腕の中のイフリートを見つめてにっこりと笑った。


「食べてみたいものはあるの?」


「もちろん! クッキーとココアだ!」


 迷うそぶりすら見せず、イフリートが即答する。


「へぇ、それはどうして?」


「冬になると、子供たちがよく暖炉の傍でそれ食ってるだろ? アレが美味そうだなって」


「あぁ、なるほど」


 暖炉の火がよく目にしていた光景なんだね。


「じゃあ、今度私が作ってあげるね」


 そう言ってモフモフの背を優しく撫でると、イフリートが驚愕に尻尾を膨らませる。


「えっ!? お、お前が!? 作れるのか!? クッキーだぞ!?」


「そんなに驚くこと? うん、孤児院の子供たちのためによく作ってるんだ。任せて」


「す、すごいな! お前!」


 イフリートがさらに目を煌めかせて、太い前足で私の胸元を叩く。


「それは、コジインの子のためじゃないよな? オレさまのためのものだよな?」


「そうだよ。イフリートのために」


「う、嘘じゃないよな? 約束だぞ!」


「うん、約束する」


 にっこり笑うと、イフリートが歓声を上げて、私の胸元にスリスリする。くぅ! 可愛い!


「やったぁ! お前、好きだ!」


「ふふ、ありがと」


「この手も、腕も好きだ! 『触れる』ってあったかいな! 内側がなんだかぽかぽかする!」


 内側? ああ、胸の内がってことかな? そっか。そういう感覚も、肉体があってこそなんだ。


 イフリートのキャッキャとはしゃぐ姿に、私の心もほこほこしてくる。私はもふもふもこもこで抱き心地抜群の身体に顔を埋めるようにして、彼を抱き締めた。


「お前のクリームパンってヤツも食べたいぞ! カンイも! クリームだけも!」


「うん、それもごちそうするね。でも、『お前』はやめて。ティア――ティアって呼んで」


「ティア?」


「そう」


「ティア!」


 イフリートが、名前を教えてもらえて嬉しくて仕方がない、呼ぶのも楽しくてたまらない様子で手足をバタバタさせながら、何度も何度も私を呼ぶ。

 それがまた微笑ましくて、いじらしくて、可愛らしくて――彼を抱き締める手に力を込めた。


 待っててね、イフリート。


『もう私の役目は終わったんだから』なんて傍観するのはやめるわ。できるかぎり力を尽くして、バグの原因を探る。そして――今はなにをどうすればいいかまったくわからないけれど、なんとか修正だってしてみせる。


 だから、あなたがヒロインの――正しい聖女のもとでその尊い力を発揮できるようになるまで、まがいもの(私)で我慢して。


 クッキーもココアもクリームパンも、いくらでもごちそうしてあげるよ。それ以外にも、望みはできるかぎり叶えてあげられるようにするから。


 どうか、待ってて。





          ◇*◇





 パンが焼けるまで、まだしばらくかかる。

 アレンは「少し風に当たってきます」と言って、家を出た。


 涼やかな風がサラリと髪を揺らす。アレンは一番近くの木に身体を預け、はーっと息をついた。


 まだ心臓が落ち着かない。冷汗でびっしょりと濡れているからか、背中にインナーが貼りついて少し気持ち悪い。


 無理もない。まさか、精霊が受肉する瞬間を目撃することになろうとは!


「アレンディードさま」


 少し離れたところから、密やかな声がする。

 アレンはハッとして、視線だけを声がする方向へ向けた。


「そろそろお時間です。聖都にお戻りを」


「わかっている。だが――悪いな、ルディウス。今、ここを離れるわけにはいかなくなった」


 その言葉に、木々の奥から聞こえる声がまるでなにかを警戒するようにワントーン低くなる。


「……なにかございましたか?」


「なにかあったか……? そんなレベルの話じゃないな」


 これは国を揺るがす大事件だ。


「ルディウス」


 アレンは気持ちを落ち着けるように一つ息をつくと、アヴァリティアの家をまっすぐに見つめた。




「アシェンフォード公爵令嬢から目を離すな」





 

少しお休みをいただきまして、三章開始は10月23日(月)です。

再開をお待ちくださいませ。

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