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2-6

 そうだそうだ、ぼ~っとしてちゃダメじゃない。せっかく孤児院の子たちに手伝ってもらって、第二回試食のパン配りをやっているところなのに。

 次のパン作りに、お店作りに生かすために、ちゃんとパンを食べた人たちの反応を見てないと。


「ねぇ、もうないの? ママにも食べさせてあげたいんだけど……」


「本当? じゃあ、これをどうぞ」


 リクエストしてくれた男の子ににっこりと笑いかけて、小さな紙袋を手渡す。


「今食べたミニバターロールってパンが二つとプチフランスってパンが一つ入ってるから、ママと一緒に食べてね」


「やったぁ! ありがとう!」


 男の子がぱぁっと顔を輝かせて、紙袋を手に走り出す。


「中にメモが入ってるから、ママにちゃんと読んでもらってね!」


 その背中に声をかけると、「わかった~!」ととってもいいお返事をしてくれる。


 メモには、試食として配っているパンであること、スープや飲みものに浸さず食べてほしいこと、本日中に食べ切ってほしいこと、そして近々このパンを売る店をOPENさせる予定であることが書かれている。

『エリュシオン・アリス』世界は、十九世紀半ばのヨーロッパをモデルとしているけれど、平民の識字率は二十一世紀の日本レベルに高かったりする。そこはそれ、ゲームを進めるうえでノイズにならないよう調整されている部分なんだと思う。


 今のところ「うちのママ、字が読めないんだけど……」とは言った子はいない。


 ちなみにこの国――エリュシオン王国の言語はエリュシオン語という設定で、見た目はミミズがのたくったような文字。


 もちろん、ゲームにおいてキャラクターたちはみんな日本語を話していたし、今だって日本語を話しているように聞こえる。私も日本語を話している感覚だ。

 これはどういうことかと言うと、この世界の人たちは日本語を話しているんじゃなくて、エリュシオン語を話しているんだけど、自動的に日本語に翻訳されて聞こえているみたいなの。

 もちろん、私が話す言葉もすべてエリュシオン語に翻訳されて、みんなに伝わっているよう。


 あくまでも、この国の言語はエリュシオン語という設定があるから。


 ちなみに文字は読めるのかというと――これが読めるのよね。やっぱり頭の中で自動翻訳されて理解できるの。

 それだけじゃなくて、なんと書くこともできるのよ。書きたい内容を思い浮かべれば、どういうミミズを描けばいいかがわかるの。すごいでしょ? 設定って本当に便利!


 こんなふうに設定によるつじつま合わせが行われている部分がたくさんあるからこそ、やっぱりここは間違いなく乙女ゲームの世界なんだって確信できるし、ヒロインが聖女になるって設定も、絶対なかったことにはならないと思ってる。


 だって、ここは乙女ゲームの世界なんだもの。


 そもそも、ヒロインのためにある世界と言っても過言じゃないんだから。


 だから、大丈夫。上手くいくはず。そう信じよう。

 心配したところで役目を終えてしまった私にできることなんてないし、下手に手を出すのは逆に危険だ。ズレが致命的なものになりかねない。


 当初の予定どおり、私は私のやりたいことをやろう。

 そのために、悪役令嬢を演じ切ったんだから!


 私は気持ちを切り替えて、木のフードテナーから試食用のパンを籠に補充しているリリアを見た。


「あれ? 試食用はもうそれだけ? 早いね。お持ち帰り用はあとどのぐらいかな?」


「ここにはもうないみたいだから、えーっと……」


 リリアが広場を見回して「お持ち帰り用、まだ持ってる人!」と叫ぶと、「4つ持ってるよ!」「オレは2つ!」などとちらほら手が上がる。

 ザっと数えて二十個ぐらいかな? 百個用意したから、たった一時間で八十個配れたってこと? えっ!? 嘘!


「リリアぁ! すごいよぉ!」


 私は思わず、リリアを抱き締めた。

 八十個配れたってことは、八十人がその場で食べるだけで終わらず持って帰ってくれたってことだもんね! たった一時間で! すごい反響だよ!


 いやぁ~順調順調! これなら、もう一段階ぐらい、試食用のパンの珍しさのレベルを上げても大丈夫そうじゃない?


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