10-15
あとは――。
私は涙を拭いながら、自嘲気味に笑った。
「白状すると、ちょっと嫉妬もした。羨ましくて、妬ましくて……。だから、目を背けたところもあると思う……」
「ほう?」
「アレンさんも大きな秘密を抱えて生きてきた人だけれど、やっぱり私とは違う。アレンさんには秘密を共有してくれる人がいたもの」
お父さまやお兄さま、陛下の真の忠臣たちが。
「……内緒ね?」
「内緒だな。承知した」
アーテルが頷いて、前足でポンポンと私の頬を叩いてくれる。
「アリスも……苦しくないわけがないと思うの」
アーテルの優しさに安堵しつつ、私は眠っているアリスへと視線を向けた。
「私は悪役令嬢だから、ゲームのアヴァリティアとの違いが救いになっているところもあった……。でも、彼女は違うんじゃないかな? ゲームのヒロイン――アリス・ルミエスとの違いは、きっと彼女をとても苦しめている……」
頑なにアリスであろうとするのは、ヒロイン――アリス・ルミエスが、彼女の理想だからだろう。
あんなふうに生きたい。
あんなふうに愛されたい。
そう思っているから。
でもだからこそ、自分とアリス・ルミエスとの些細な違いが許せない。受け入れられない。
どんどん追い詰められていってしまうはずだ。
「辻褄合わせの人生は、とてもしんどいよ……」
今、仮に彼女が聖女になったとして、彼女はずっと一生――死ぬまで、アリス・ルミエスらしく、アリス・ルミエスを演じて生きていくのだろうか?
誰にも本音を明かさず、自分自身の思いや望みは無視して、押し殺して?
それは――まぎれもなく地獄だと思う。
「彼女には彼女の、アリス・ルミエスにはない良さや、魅力があるはずなのに……」
私は、アーテルに視線を戻した。
「いつか……わかってもらえるかな?」
アリス・ルミエスとして幸せになったって、仕方がないってこと。虚しさは消えないってこと。
彼女が、彼女として幸せになることこそに、意味があるんだってこと。
アーテルが少しからかうように目を細める。
「自分の考えを押し付けたりしないのではなかったか?」
「うん、それはしないよ。でも、彼女が苦しみから逃れられないでいるのなら……手助けしたい」
本音を話してほしい。
詰ってもいい、怒鳴りつけてもいい、泣いたっていい。正直な気持ちをぶつけてほしい。
そして――とことんまで話し合いたい。
「いつか……悪役令嬢とヒロインではない……新たな関係を作れたらいいな……」
「聖女はやりたいことをやると決めたのであろう? そうすればいい」
「そう思う?」
「ああ。そなたがそなたである限り、それはいつか必ず叶うであろう。なぜなら、そなたは決して諦めぬからだ。今まで、やると決めたことはやり切ってきた。そうであろう?」
「うん……。そうだね……」
シナリオどおり完璧に、悪役令嬢を演じ切った。
罰の一年間の奉仕活動も、いっさい手を抜かずにやり切った。
そして、やりたいこと――パン屋をやることも、妥協せずやってきた。
こんなふうに言えば、私が素晴らしい人物のように聞こえてしまうけれど、それは違う。
だって、すべては自分のためだもの。
私の幸せのため。
だから、ある種、すべては私の我儘。
そう考えると、私の本質はやっぱり強欲で間違いないのかもしれない。
「頑張るよ」
私はアーテルを強く抱きしめた。