10-14
頭を下げた私の膝を、アーテルがなだめるようにポンポンと叩く。
「精霊は、聖女を脅かすことなどせぬ。安心せよ。誰にも言わぬよ」
「ほ、本当……?」
「本当だとも」
アーテルが穏やかに言って、金色の双眸を優しく細める。
「聖女は、闇にどんな印象を抱いておるか? 恐ろしい? 冷たい? 悪いものだろうか? まぁ、それを否定するつもりはない。そういった一面もあろうよ。だが、闇は人に安らぎや癒しを与えるものでもある」
「安らぎや癒し……」
「人は闇に身を沈めて眠るであろう?」
「……あ……」
頷くと、アーテルは再び優しく私の膝を叩いた。
「誰にも言わぬだけではないぞ、聖女よ。吾輩はそなたの内の闇とともに在ろう。いや、吾輩もと言うべきだな」
そう言って、背後で眠るアリスへと視線を向ける。
「この者もいる。そなたの秘密は、もうそなたのものだけではない。そなたは独りではないよ」
「っ……ああ……!」
涙が、溢れる。
私はアーテルを抱き締めた。
そう、私は独りじゃなかった。
それが、どれだけ嬉しかったか!
「ずっと、苦しかった……! 不安だった……! 怖かった……!」
この世界で、私だけが異質――。
なにをするにも、その疎外感や孤独感を感じずにはいられなかった。
そして、罪悪感もあった。私はゲームのアヴァリティアとは違うから。お兄さまやお父さまを、屋敷のみなを、かかわってくれる人たちを騙しているという思いも消えなくて。さまざまな不安や恐怖も拭うことはできなかった。
前世の私はどうなったのか。
二十一世紀の日本なら、私の行動が世界を変えるなんてことはありえなかったけれど、ここでは違う。私が好き勝手することで世界が壊れてしまったりしないだろうか。
エピローグがシナリオどおりに進んでいないのは、私が『違う』からじゃないのか――。
「ずっと……寂しかった……!」
だけど、その思いは誰とも共有できない。独りで抱えていかなきゃいけなくて。
だから――嬉しい。
涙が、震えが止まらないほど、嬉しい!
「大きな、秘密を抱えて生きるのは……とても……苦しいし……寂しい……」
「そうだな」
「アレン、さんも……ずっと……この苦しさや寂しさを抱えて生きてきたんだよね……」
「ああ、あの夜か。そなたも聞いておったな」
「アーテルも、いたの……?」
アーテルが頷き、私の頬を伝う涙を、前足で優しく拭ってくれる。
「ああ。あの夜から、そなたの傍にいた」
「そう、なんだ……」
私はアーテルのふわふわの毛並みに顔を埋めた。
「扉が閉まる音で、目が覚めたの……。居眠りしてしまったことに気づいて、すぐにダイニングへ行ったの。二人を見送らなくちゃ、いけないし……。キッチンの片付けも、途中だったから……。盗み聞き、するつもりはなかったんだけど……。でも、入れなくて……」
立ち去ることも、できなくて。
「聞いてしまったのに、翌日からそ知らぬふりをしておったのは、アレンとやらのためか?」
「そう……なるのかな……? 知られたくないことだろうと思ったから……」
知っていてほしいなら、話すと思う。
秘密を抱えて生きるのは、とても苦しいし、寂しいから。
でも、アレンさんは私に話さない。それは、私に知られたくはないってことだと思うから。
「それに、私の秘密には触れさせないくせにアレンさんのそれは暴くなんて、フェアじゃないよ。やっていいことじゃない……」