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「無理に納得しなくてもいいよ。私はそう思うってだけ。その考えを押しつける気はないの」
私はそう言うと、めげずに手を伸ばし――彼女の手を優しく握った。
「私は今は言いたいことを言えて、やりたいことをやれているから幸せだけど……でも、やっぱりたまに寂しくてたまらなくなるときがあるの。私は転生者だから。このゲームの世界でただ一人、『異質』だから……」
それは誰にも言えない――大きな秘密。
私はずっと、それを抱えていかなきゃいけない。
私はずっと、大好きな人たちにそれにまつわる小さな嘘を重ねていくんだ。
その秘密を暴かれないために、心の境界線を守り続けていくんだ。
それは、やっぱり寂しいし、悲しい。
「だから、正直に言うね? あなたは怒るだろうけれど……」
私はアリスの手を握る自分のそれに力を込めた。
「今、すごく嬉しいよ。私、独りじゃなかったんだ……」
その言葉に、アリスがビクッと身を震わせる。
「な、なにそれ……? やめてよ、悪役令嬢なんかが……」
――そうだね。ライバルの悪役令嬢なんかに好かれても、嬉しくないよね。
でも、伝えておきたい。後悔したくないから。
私は、私の思うままに生きるって決めたの。
「私の気持ちを言っても言わなくても、あなたを不快にしてしまうことが変わらないのであれば、私は伝えることを選ぶ。あなたは、あなた自身の幸せを見つけるべきだと思うよ。言いたいことを言おう。やりたいことをやろう。あなたの思うままに生きようよ」
「やめて……」
「自分を偽って、誰か(アリス)を演じているばかりじゃ、苦しくなるだけだよ」
アリスが聞きたくないとばかりに首を横に振る。
「あなたがあなたらしく在ってこそ、あなたを好きになってもらえるんだと私は思う! ゲームのヒロインじゃない! あなたをだよ!」
「やめてったら!」
アリスが絶叫し、再び私の手を振り払う。
そして、自由になった手を勢いよく振り上げた。
「! アリスさ……!」
「勝手なことばっかり言わないでよ! 私の幸せを壊した張本人が!」
私はギュッと目を瞑った。
殴られても仕方がないと思ったから。それだけ私は好き放題言った。彼女は嫌がっていたのに。「やめて」と言っていたのに。それでも構わず、言いたいことを言い、やりたいことをやった。
その報いはきちんと受けるべきだ。
『そこまでだ。暴力は看過できぬ』
しかしその瞬間、頭の中に威厳のある声が響く。
ハッと身を震わせると同時に、まわりの音が掻き消える。私は驚いて目を開けた。
「えっ!?」
ドクンと心臓が大きな音を立てる。
私は思わず、目もとに触れた。
わ、私……目を開けているよね? どうしてこんなに真っ暗なの?
店内の電気が消えたというレベルではない。なにも目に映らない、完全な闇――。
「っ……!」
冷たいものが背筋を駆け上がる。
嫌だ! 怖い!
悲鳴を上げようとした――そのときだった。
「大丈夫だ、我が聖女よ。なにも恐れることはない」
先ほどの声が聞こえる。今度は耳がそれを捉える。――音! 音だ! 音が戻った!
大きく目を見開いた――その次の瞬間、私の視界を封じていた闇が掻き消え、景色が元に戻った。
いつもと変わりない、見慣れた店内。
「……あ……!」
慌てて視線を巡らせると、アリスは床に倒れていた。
そしてその傍らに、黒猫がちょこんとお行儀よく座っていた。