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「い、一緒にしないでって言ったでしょ! アンタとは違うの! つらくなんかないわ! だって今の私はアリスだもの! ずっとアリスになりたかったんだもの!」
「でも、あなたはアリスとは違うじゃない」
『ずっとアリスになりたかったんだもの!』――その言葉がすべてだ。
アリスになりたいと思っている時点で、アリスではない。
「もう一度訊くね? 『本当に?』本当に、私が聖女にならなかったら、すべて上手くいった? クリスティアンは、あなたを傷つけなかった?」
「……それは……」
「私がゲームから退場して聖女になるまでの二年間、クリスティアンは本当にあなたを大切にしてくれた? あなたは本当に幸せだった?」
そんなことはないはず。だって、アリスが聖女として覚醒する兆しがないから――思いどおりにことが進んでいないからって、クリスティアンはお兄さまにすり寄ってきていたんだもの。
私を求めたのは、聖女になったことが原因じゃない。
その前から、彼はアシェンフォードという後ろ盾を取り戻そうと画策していた。
ただ、自分のために。
そう言うと、アリスは愕然として私を見つめた。
「う、嘘よ! そんな……」
「……うん、信じなくてもいいよ」
アリス・ルミエスが顔を歪める。
信じてもらう努力をしなかったことが、逆に私の言葉の信憑性を高めているようだった。
「でも、これだけは言わせて。クリスティアンが愛したのは――真実、アリス・ルミエスなんだと思う」
純真無垢で天真爛漫、素朴で飾らない、健気で心優しい女の子。身分や立場で人を判断しない、王族や貴族のしがらみにも縛られない――自由で、自分を貫く芯の強さも持っている。
精霊にも愛された、唯一無二の女の子。
乙女ゲーム『エリュシオン・アリス』のヒロインである――アリス・ルミエスだ。
「どれだけアリスと同じ行動をしたとしても、あなたは彼女とは違うんだもの。クリスティアンが、ほかの攻略対象が、アリスを愛したようにあなたのことを愛してくれるとは限らないと思う」
実際、ヒロインを愛したゲームの中のクリスティアンはアヴァリティアに執着なんてしなかった。アシェンフォードの支持を取り戻そうともしなかった。
ヒロインを愛し、守り――歴代最高と称えられる君主となった。
「あなたはゲームのアリス・ルミエスとは違うもの。違う人を愛したんだから、クリスティアンの行動がゲームどおりになるわけがない。違う?」
「そんなことない! なにも知らないくせに勝手なことばかり言わないでよ! クリスティアンはちゃんと私を愛してくれてる! ほかのみんなだって……!」
アリスが聞きたくないと言わんばかりに両手で耳を塞いで、激しく頭を振る。
「だって、私はアリスよ! 今は私がヒロインなんだもの!」
悲鳴のような声。そして、まるで自分に言い聞かせるような言葉に、胸が痛くなる。
彼女もきっとわかっているんだと思う。
誰かを演じて愛されても、それは自分が愛されていることにはならないんだって。
「ひどいこと言ってごめんなさい……。でも、私がそうだったから……」
私は、アリスの震える細い肩にそっと手を置いた。
「嫌われて、悲しくて、つらくて、苦しくてたまらないとき、私は……嫌われているのはゲームのアヴァリティアだ。私じゃない。そう自分に言い聞かせて、心を守っていたから……」
「……それは……」
「だから、考えてしまうの。アリスを演じている限り、みんなが称賛して、心を寄せるのは、結局ゲームのヒロインのアリスなんじゃないかって……。あなたではないんじゃないかって……」
「わ、私はアリスだってば!」
アリスが私の手を振り払う。
でも、もうアリスのその手に力はなかった。
「……そうだね。私もアヴァリティアだよ。でも、前世が混じったアヴァリティア。その時点で、ゲームのアヴァリティアとはやっぱり違うんだよ。だって、アヴァリティアの公式設定に『前世が社畜のアラサーヲタク』なんてなかったでしょ?」
「そ、それは……でも……」