10-9
私の胸ぐらをつかむ腕に、さらに力がこもる。
「アンタ、転生者なんでしょう!? シナリオどおりに行動して、一見破滅したように見せかけて、油断させて……やり方が汚いのよ!」
「そ、そんなつもりは……」
「悪役令嬢のくせに! ヒロインのものを欲しがるなんて、図々しいのよっ!」
「あっ……!」
ガクガクと乱暴に揺すられる。
「ま、待っ……! アリ……さ……!」
「たしかに、ちょっとズルをしたわ! でも、思い出せるかぎりでは完璧にヒロインと同じ言動をしてきたはず! なのに、なんで! なんでシナリオからズレたのよ!」
アリスは絶叫すると、ドンッと力いっぱい私を突き飛ばした。
再び壁に背中と後頭部を強かに打ちつけてしまい、その痛みに視界が涙で歪む。
ふと、窓が目に入った。
「……?」
窓の外は。まるで墨を塗りたくったかのように真っ黒だった。
なんだろう? あの色……。たしかにすでに日は落ちているけれど、あんなに暗いはずは……。
「ちょっと! どこ見てるのよ!」
「あっ……!」
再び胸ぐらをつかまれる。
私は苦しさと痛みに歯を食い縛って、アリスを見た。
「言いなさいよ!」
「あ、アリス……さ……」
「言いなさいよ! なにをしたの!? どうやってシナリオを狂わせたの!? どうやって精霊たちを味方にしたのよ!? っ……なんで!」
アリスが嫉妬にギリギリと奥歯を噛み締める。
そして、私を揺さぶりながら悲鳴のような声を上げた。
「なんで悪役令嬢のアンタが幸せそうにしてるのよ! なんで多くのものを手に入れてるのよ! おかしいでしょう!」
「わ、私は……」
「クリスティアンまで! アンタを手に入れようとするなんて!」
その言葉に、愕然とする。
あのときの怒りが、胸を突き上げる。
「は……? あ、あの男、まだそんなことを……!」
「それもこれも、アンタが私のものを奪ったからでしょうが!」
アリスが絶叫する。
「アンタが聖女にならなかったら、こんなことにはならなかったのよ!」
「――本当に?」
私は静かにアリスを見つめた。
「はぁ? なにを……!」
「本当に? 本当にそう思うの?」
そして、静かに問いかける。
「あなたも転生者なんでしょう? じゃなきゃ、『転生者』『シナリオ』なんて言葉は出てこない。あなたも転生者で、ここが乙女ゲーム『エリュシオン・アリス』の世界だって知っている」
「だったらなんだって言うのよ!?」
「じゃあ、あなたは誰?」
思いがけない言葉だったのだろう。アリスが目を見開く。
「は……?」
「あなたは、アリス・ルミエスに転生した。でも、前世の記憶と意識が今もしっかりあるのよね? じゃあ、今のあなたは、アリス・ルミエスであると同時に、前世のあなたでもある。違う?」
「それは……」
胸ぐらを締め上げていた手が緩む。
私はアリスをまっすぐ見つめたまま、トンと自らの胸に手を当てた。
「私はそう思ってる。私は、悪役令嬢・アヴァリティア・ラスティア・アシェンフォードであり、ブラックな会社で社畜をやってた、パンが大好きなアラサーヲタクでもある」