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「そうなの?」
「邪魔にならないように、目につかないように遠くから、でもしっかりとこの店を守っているよ。お嬢さまの家もね。だから――」
アレンさんが膝をつき、アニーと視線を合わせてにっこり笑う。
「どうか、神殿までお供させてください」
「っ……」
アニーがかぁっと顔を赤らめる。
「わ、わかった……」
「ありがとう」
……アレンさん、相手は子供です。悩殺するのはほどほどに。
アレンさんが理想の人になっちゃったらどうするの? アレンさんはスペシャルなんだから、アニーは結婚できなくなっちゃうよ?
アニーの将来を心配しながら二人を見送って、私は厨房に戻った。
「さて」
私のパンは、レーズンやグリーンレーズンから作った酵母を使っている。
それで全然いいんだけど、実はアモレのジャムパンを作るようになってから、アモレの皮が大量に出るようになったのよね。貧乏性と言われたらそれまでなんだけど、その皮もなにかに使えないかと考えて――思いついたのがアモレの酵母。
林檎や洋ナシからも酵母は作れるし、アモレでもできると思う。林檎酵母は前世で扱ったことがあって、それで焼いたパンはすごく優しい味わいだったのよね。
上手くできたら、たくさん作ってテスト用に使うのもいいと思う。なにせ、皮は大量に出るからね。
「さすがに皮だけっていうのは作ったことないから……どうしよう? 皮だけでもできるかな? 果肉も少し入れたほうがいいかな?」
でも、コスパ的に、皮だけでできたほうがいいよね。ああ、でも酵母ってパンの味わいにも影響するし、コスパと発酵力だけで考えないほうがいいかな? じゃあ、一旦皮だけと、実を入れたものと、どっちも作ってみようか。
「うん、そうしよう。じゃあ」
湯冷ましを作るべく、ホーローのポットを手にコンロに向かった――そのときだった。
バンッとドアが乱暴に開く音がする。
その大きな音に私はビクッと身を弾かせ、視線を巡らせた。
「あ、あなた……!」
「アヴァリティア・ラスティア・アシェンフォード!」
そこには、ヒロイン――アリス・ルミエスの姿が。
アリスは憎々しげに私をにらみつけ、絶叫した。
「全部アンタのせいよ! アンタがいるから!」
アリスが私をにらみつけたまま、ずかずかと店内に入って来る。
私は慌てて厨房から売り場へ出た。自分から彼女に近づく形になったけど仕方がない。それより、厨房に入れないほうがいい。厨房には凶器となり得る危ない物が多すぎるもの。
だって、どう見たって冷静とは思えない。
「全部、アンタのせいよ!」
「お、落ち着いて。いったいなにが……」
「落ち着けって!? これが落ち着いていられると思うの!?」
アリスがさらに激昂した様子で叫び、私につかみかかる。
「ちょ、ちょっと! きゃあ!」
そのまま壁際に追い詰められ、背中と後頭部が壁にぶつかる。
「うっ……痛……」
「落ち着いていられるわけないでしょう! 私のものを盗まれて!」
胸ぐらをつかまれ、そのまま締め上げられる。私はアリスの細い腕をつかんだ。
「落ちつ……」
「私の邪魔をして! 私を不幸にして楽しいの!?」
「あ、あなたの……邪魔をしたつもりは……」
「はぁ!? 邪魔したつもりはない!? ふざけないでよ! 私から聖女の座を……そして私のものになるはずだったすべてを奪っておいて!」