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「やっぱり、みんな聖女さまのパンに興味があるのよね」
「そりゃ、そうよ。こんなに美味しいんだもの」
「本当に。パンが変わっただけなのに、いつものなんてことない食事がごちそうになるの」
小柄な女性が顔を輝かせて、私を見つめる。
「うちは、バゲットとかバターロールとかブールとか、食事に合わせるパンが大好きなんですが、理由がまさにそれなんです。いつものパンはスープに浸して食べるでしょう? だから、スープとパンは同じ味で……。でも、聖女さまのパンは違うんです。大好きなんだけど、スープを味わい、パンを味わう。そしてまたスープを味わう。それだけで満たされ方が全然違うんです!」
「……!」
「わかるわ! いつものスープなのに、パンが違うだけですごく美味しく感じるのよね」
「そう! そうなの!」
小柄な女性が胸の前で手を組み、本当に幸せそうに笑う。
「日常を特別にしてくれる。聖女さまのパンは、本当にすごいんです!」
「っ……!」
その言葉に、思わず泣きそうになってしまった。
私が目指しているものこそ、まさにそれだったから。
心が満たされる食事――。
私のパンでそれを感じてくれている――実際の声を聞けて、涙が出るほど嬉しい!
「ありがとうございます……!」
小柄な女性に商品を渡しながら、震える声で告げる。
「頑張りますっ……!」
どうして涙を堪えてお礼を言っているのか、いったいなにを頑張ると言っているのかわからない小柄な女性は、きょとんとして首を傾げた。そりゃ、そうよね。私の目標なんて知らないもの。
でも、私は最高のご褒美をもらった気分だ。
「お礼を言うのはこちらです。いつも本当にありがとうございます。ハゲットのアレンジも試してみますね」
「はい、また感想を聞かせてください」
力が湧いてくる。
国中の人に、同じ幸せを感じてもらいたいという気持ちが強くなる。
私は最高の笑顔で、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます! またのご来店をお待ちしております!」
◇*◇
「じゃあ、お嬢さま! 仕込みを見せてくれてありがとう! また明日ね!」
「こちらこそ、お手伝いありがとう! また明日ね!」
元気よく手を振って駆けてゆくアニーに、こちらも手を振って応える。
リリアとマックスは、販売終了後に簡単な片づけをし、賄いを食べたら帰宅するんだけど、最近アニーはパンの仕込みが見たいからと日が落ちるころまで残っている。
彼女は例のパン職人に応募しているので、もちろん教えることはしていない。メモを取ることも許していない。やっぱり不公平はよくないからね。黙々と作業をしている私を横で見ているだけ。
私の一挙手一投足を見逃すまいとする視線は痛いほどで、彼女の真剣度がビリビリと伝わる。
頑張ってほしいと思う。
頑張って、夢を叶えてほしい。
それはきっと、アニーの人生を変えるから。
「アニーを送ってきます」
「はい、よろしくお願いします」
アレンさんがエプロンを外して、アニーを追う。
「何度も言うけど、アレンのお兄ちゃん、神殿までは遠くないし、私は大丈夫だよ?」
「人攫いを甘く見ちゃいけないよ。アイツらは、家の前でだって襲ってくるんだから。用心してもし過ぎることはない」
アレンさんの言葉に、しかしアニーは少し不安そうに私を見た。
「でも、お嬢さまを一人にするほうがよくないんじゃない?」
「ああ、言ってなかったかな? 聖女さまを守っているのは私だけではないから大丈夫だよ」