10-6
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます! やってみます!」
小柄な女性がメモを両手で包み込んで、感激した様子で頭を下げる
すでに注文を終えて商品の受け取り待ちをしていた奥さまたちも、そのレシピに興味津々。
「バゲットのアレンジ……。やってみたい……」
「私も気になる……。明日はバゲットを買おうかしら?」
「でも、三日も四日も残る? 翌日までも残らないわよ」
「そうよねぇ。その日のうちに食べ切っちゃうわよねぇ」
「あえて残してみる、とか?」
奥さまたちが顔を見合わせる。
「うちの旦那は無理だわ。我慢できるわけがない」
「うちの息子たちも無理だわ。今でも奪い合いなのに」
「うちもそうね。だけど、それよりも」
一番年配の奥さまが、頬に手を添えてため息をつく。
「そんな選択肢まで出てきたら、いよいよ選べなくなるわ……。あまりにも究極の選択過ぎて……。三つなんて無理よ……」
「そうよね……。現状でも、三つに絞るの苦労しているのに……」
「アレを作るのは、好きなだけ買えるようになってからね……」
ああ、そうですよね……。
「ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」
たまらず深々と頭を下げると、奥さまたちが目を丸くする。
「「「「「え?」」」」」
「え?」
つられて、私も目をぱちくりさせてしまう。あれ? なんか変なこと言ったっけ?
「えっと……?」
「迷惑なんてかけられていませんよ? ねぇ?」
「そうですよ。聖女さまが謝ることなんてなにもないでしょう? ただ、聖女さまのパンがすごく美味しいから、みんなほしいってだけの話ですもの」
「買えなかったらがっかりしますけど、迷惑をかけられたなんて思いませんよ。大丈夫です」
小柄な女性も、ほかの奥さまがたも、ニコニコ笑いながら頷き合う。
「……みなさん……」
「でも、将来的には、もっとたくさん買えるようになるんですよね? 先日のパン職人募集の告知、見ましたよ」
「アタシも見ました。すでに応募が殺到しているって話、本当なんですか?」
私は頷いた。
「はい。実は、想定以上の応募が……」
今回も目論見が甘かったと言わざるを得ないのだけれど、でもこれについてはちょっと言い訳もさせてほしい。私だけじゃなくて、アレンさんとお兄さまの予想も遥かに超えていたから、これは本当に誰にとっても想定外だったんだと思う。
なんと初日に、五十名を超える応募があったの!
もとも応募期間は一週間にしていたのだけれど、慌てて三日で締め切ることになってしまった。それでも、応募人数は百名を超えることに。
百名を超える人間ともなると、お手本を見せるのも何回かに分けないといけなくなるだろう。
そうすると、たった一日や二日のことでも、先にお手本を見られて、元種をもらえた人のほうが練習時間が長くとれるという不公平も出てきてしまいそうで、今お兄さまとテスト内容を再検討中。
お兄さまは、お手本を見せるのをやめて、レシピと元種と材料を提供して期日までに焼いてきてもらうようにしてはどうかと提案してくれているけれど、それってかなり難易度高くない?
この世界にはまだカラー写真なんてないから、お手本を見せないと視覚で工程を確認できない。
見たことも、食べたことがないものを作れって……ねぇ? 絶対に難しいよ。
じゃあ、あらかじめ焼いておいた完成品は見せて、食べてもらえばいいんじゃないかって意見も出たけれど、結局それは私がフライパンで百人以上分を焼くってことだ。だって、今回のレシピは、フライパンで焼くパン。オーブンで大量に焼くものじゃないんだもの。
どうせ焼くのなら、その工程を見てもらえればいいのではないかとも思うし、だけどその順番で不公平が出ると言われたら、それはそのとおりだし……うーん……難しい……。