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10-4

「あらぁ! 美味しい!」


 試食を食べた女性が、顔を輝かせる。

 それを見た次の順番の奥さまが、うーんと腕を組んだ。


「どうしよう! もっと食べたいけど……旦那からあんぱんを頼まれているのよね」


「うちもよ。旦那はカレーパン、息子はあんバターってリクエストなの」


 お二人はひどく深刻な表情で「うーん……!」と唸って――それから同時に私に視線を戻した。


「でも、今回はメロンパンとジャムパンにするわ! メロンパン二つにジャムパン一つ!」


「うちもそうする! メロンパン二つにジャムパン一つ!」


「はい、かしこまりました」


 リリアが素早く注文品をメモして、店内のアニーへと渡す。

 入れ替わるようにメロンパン三つが入った紙袋がいくつか出てきて、リリアはそれをお客さまに笑顔で差し出した。


「お待たせいたしました。本日も、お一人さま三つまでとご迷惑をおかけしております。アモレの果汁で作った飴を一緒に入れていますので、どうぞお楽しみください」


「ご迷惑だなんて……そんなことないのに。でも、ありがとう。いただくわ」


 パンを受け取ったお客さまが、嬉しそうに笑って去ってゆく。

 私はしっかりと頭を下げて、次のお客さまへと笑いかけた。


「なにになさいますか?」


「私もメロンパンとジャムパンで悩んでいるの。二種類買おうかしら? でも、うちは絶対に取り合いの喧嘩になるから、一種類ずつにした方がいいような気がする……」


 女性も、前のお客さまたちと同じく深刻な表情でうんうん唸って――苦渋の決断をした。


「やっぱり一種類がいいと思う! メロンパン三つにするわ!」


「ああ、うちんとこもそうよ! ジャムパン三つで!」


「わが家は女の子だから喧嘩はないけれど、どちらか片方ねと言ったら三日三晩悩むと思うのよ。だから、うちも今回はメロンパン三つにするわ」


 ああ、わかるわ……。二つとも食べたいのに、食べられるのはどちらか片方だけって言われたら、そりゃ三日三晩悩み倒すよね。


 私も、食べられる量にも使えるお金にも限りがあるから、社畜時代はパン屋に行くたびに究極の選択をしていたわ。ずらーっと並ぶ魅惑のパンたちから一つか二つを選べばなきゃいけないって、本当に無茶な話だと思う。


「はい、メロンパン三つ、お待たせいたしました。次の方、ご注文どうぞ」


 笑顔で商品の紙袋を差し出したとき、背後で店のドアが空く。「きゃああぁぁ!」と女性たちの黄色い声が上がった。


「ティア、メロンパンはあと四つ、ジャムパンはあと五つで終了です!」


「あ、はぁい!」


 アレンさんがわずかに目を細め、お客様たちにぺこりと頭を下げる。

 パタンと閉まったドアを見て、目の前の奥様がほぅっと感嘆の息をついた。


「いつ見ても……天上の美しさね……」


「本当……心が洗われるわ……」


 わかる。


「じゃあ、メロンパンもジャムパンももう少ないって言った? じゃあ、メロンパン二つとジャムパン一つ!」


「私はメロンパン二つと、あんバター一つよ!」


「かしこまりました!」


「あーん! 悔しい! 明日はもっと早くに来なきゃ!」


 三番目の女性が、少し悔しそうに肩をすくめる。どうやら、メロンパン狙いだったらしい。


「じゃあ、ジャムパン三つにするわ!」


「っ……申し訳ありません、ありがとうございます!」


 内心、唇を噛む。


 がっかりさせてしまうのは、本当に申し訳ない。

 需要に対して供給があまりにも追いついていない。お兄さまの言うとおり、これは私の目論見の甘さが原因だ。本当に反省しないと。


「ジャムパンはあと一つ? じゃあそれと、バターロール一袋、あんぱんをちょうだい」


「かしこまりました!」


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