9-16
彼女が、目をキラキラさせて夢を語る時間を
子供たちを、精霊たちを見守る、優しい眼差しを
明るい笑顔で『アレンさん!』と呼んでくれる、その声を
額に汗して、一心不乱に目標に取り組む、その真剣な横顔を
失いたくない。奪われたくない。守りたいと――心から思ったからこそ。
「俺も、彼女の笑顔を守るためなら、どんなことだってしてみせる」
そこまで言ってもなお、アルザールは不安そうに表情を曇らせる。
「……信じてもよいのでしょうか?」
アレンは「アルザールも、たいがい疑り深いな」と言って苦笑した。
「白状すると、ティアのことはとても素敵だと思ったけれど、助けてもらった礼をきちんとしたら、もう会わないつもりだったんだ。だが、そのお礼に伺った際に、彼女が目の前で精霊を受肉させた。聖騎士として、三百年ぶりに現れた聖女から目を離すわけにはいかないと思った。つまり――」
アレンはそこで一旦言葉を切ると、苦笑した。
「傍にいたのは、聖女を監視するためだった」
「っ……! それは……!」
「最初は、だよ。今は違う」
いつからだろう? そんな気持ちは消えてなくなってしまった。
目をキラキラさせて夢を追いかける彼女をずっと見ていたいと、守りたいと思うようになった。
「魅せられてしまったんだと思う」
瞬間、アルザールが苦虫を噛み潰したような顔をする。
重度のシスコンともなると、可愛い可愛い妹が男にモテるのは自慢に思うどころか、嫌で仕方がないらしい。アレンは声を立てて笑った。
「兄として気に食わない気持ちはわかるが、目を瞑ってくれ。俺はティアの傍を離れる気はない。ティアは利用価値があり過ぎる。これからありとあらゆる者が彼女を狙うだろう。彼女の笑顔を、幸せを、望みを、脅かさせはしない」
「非常に頼もしいお言葉ですが……。あなたの秘密が――お立場が、ティアの足枷になる可能性を考えていらっしゃいますか?」
「……繰り返すが、王位には興味がない。ウィンズレッドすら名乗りたくはない。俺は、ティアの騎士でありたい。ただの聖騎士・アレンとして、彼女を守っていくつもりだ」
アレンはアルザールをまっすぐに見つめ、トンと胸に手を当てた。
「それでも、俺の秘密が悪意をもって暴かれ、俺自身が彼女の足枷となるなら、俺は彼女の傍から俺をも排除すると約束しよう」
声はひどく落ち着いていて静かなのに、言いようもない凄みを帯びている。
そして、その金色の視線は苛烈にアルザールを射抜く。
本気だと思った。
ティアのためなら、この方は自分自身を切って捨てることすら厭わない――。
そして、アルザールは知っている。この男の強さを。
血筋も、身分も、立場も関係なく、もう誰にも脅かされないために――二度と自分の生きる道を他者に勝手に決定づけられないために、強さを求めた。
アルザールの知る限り、彼はなにかに楽しみを見出すことなどなかった。友の一人すら作らず、寝食など二の次でただひたすらに自分を苛め抜き、魔力も神聖力も自在に操る――異次元の強さを手に入れた。
味方になれば、この男ほど頼れる者はいない。
悔しいが、ティアのためを思うなら、自分よりもこの男を傍に置くのが最善だろう。
アルザールはぐっと奥歯を噛み締めると、アレンの前に跪いた。
「どうか、ティアをお願いいたします――!」
◇*◇
わずかに風が動く。
耳がひそやかな足音を捉える。
「……大人たちの話は難しいね」
屋根に寝そべっていたシルフィードは、小さく呟いて目を細めた。
「もっと単純に考えればいいのに」
ティアが好き。
だから、守る。
それでいいじゃないか。
それと、立場だとか秘密だとか……くだらない。
ふぁ~っと欠伸をする。
眠い。ほかの精霊たちはとうに寝ている。明日も早いからそうすべきなのはわかっていたけれど、風が気持ちよくてうっかり夜更かししてしまった。
「でも、そろそろ寝ないとなぁ……」
あの二人は泊っていくのだろうか?
欠伸を噛み殺しながら、そんなことを考えていたときだった。ふと感じた懐かしい気配に、シルフィードはビクッと身を震わせて、天を仰いだ。
「は……?」
瞬間、隣で寝ていたイフリート、オンディーヌ、グノームも弾かれたように身を起こした。
「なっ……!」
「嘘でしょ!?」
「こ、こんなことってあるの!?」
信じられない。
精霊たちは呆然としたまま視線を交わし合った。
少しお休みをいただきます。
十章開始は8月28日(水)です。
再開をお待ちくださいませ。