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アレンは再び笑って、ダイニングの椅子にドカッと腰を下ろした。
「つまり俺が言いたいのは、俺にとって王なんてモノは、黄金色だ、銀色だ、神だ、血だなどと、そんなくだらないことにこだわって子供を選別し、捨ててしまえるような野蛮人だ。ケダモノだ。そんなモノになりたいわけがないだろう?」
「では、なぜティアの傍にいるのですか?」
アルザールがバンとダイニングテーブルに手をつく。
アルザールの激しい目をアレンは冷ややかに見つめ返した。
「彼女の傍にいたら、なぜ王位を狙っていることになる?」
「ティアは今や聖女です。聖女と神殿――民という後ろ盾があれば、王族として認めさせることはおろか、妾の子であるクリスティアンを退け、王太子――果ては王となることも可能でしょう」
「……は……」
思わず、乾いた笑いが出てしまう。
それはたしかにそのとおりだ。あのぼんくらクリスティアンを排斥するのはひどく簡単だろうし、王に膝をつかせて過去の行いを詫びさせることだって難しくはないだろう。
アルザールの言うとおり、第一王子として復権し――ゆくゆくはこの国の王になることだって、不可能ではないだろう。
だが、それをしたところでなんになるというのか。
「興味がないな」
吐き捨てるように言うと、アルザールが眉をひそめた。
「本当ですか?」
「アルザール。君はティアに、俺と出会ったいきさつを聞いていないのか?」
「……聞きました。ティアがあなたを救ったのだと」
「そうだ。そのとき、彼女はまだ聖女ではなかった」
アレンは頷き、廊下に繋がるドアを見つめた。
「たしかに聖騎士の鎧は身に着けていたけれど、魔物の血を浴びたどこの誰とも知らない男なんだ。ティアは女性で一人暮らしだし、聡明で、決して向こう見ずな性格はしていない。当然、警戒心も恐怖もあったと思う。それでも助けてくれた。俺の身体を案じて、家で休むよう提案してくれた。優しくて、温かくて、気遣いができるだけじゃない。勇気のある、芯の強い女性だと思ったよ」
アヴァリティアを思い出してか、黄金色の双眸がふぅっと優しく緩む。
アレンは唇を綻ばせ、テーブルの上のチョコレートを見た。
「明るく、溌溂としていて、くるくるとよく動く。聡明で、食材や料理などの知識が豊富で、誰も見たことがない不思議なパンを焼く。それが、本当に美味しい。しかも、ただ美味いだけじゃない。なんと言うか……心に残る味なんだ」
このチョコレートもそうだ。一度食べたら忘れられない魅惑の味だ。
心が囚われる――。
「言葉を飾らず、心を隠さず、人の目をまっすぐ見て話す。感情のまま素直に反応し、よく笑う。身分や立場にかかわらず、誰にでも真摯に向き合う。……なんて素敵な人なんだろうと思ったよ」
アレンはそこで言葉を切ると、アルザールに視線を戻した。
「だから、彼女がアシェンフォードと名乗ったときは、すごく驚いた。すぐには信じられなかった。まさか、彼女があの悪名高いアヴァリティア・ラスティア・アシェンフォードだなんて!」
「…………」
「でも、ある部分で納得した。貴族令嬢なら、さっき俺が言った美点が、すべて『異質』になる。貴族令嬢なのに、行き倒れの男に声をかけ、助け、肩を貸して家に運ぶなんて。そもそも森の中で一人暮らししているのもおかしい。自らキッチンに立ち、パンを焼き、料理をするなんて」
言葉を飾らないのだってそうだ。他者の目をまっすぐ見て話すのも。貴族なんて心に鎧を纏い、本心を隠し、表面上穏やかに微笑み、言葉を飾り、腹の探り合いをするものなのに。
おまけに、身分や立場は、貴族がもっとも気にするところだ。
そんな性質を知れば、貴族連中は表向きはニコニコして『素晴らしい』と称えながらも、まるで庶民のように卑しく、貴族らしい矜持を持たぬ者だと判断し、蔑むだろう。
そして見下し、陰で噂をするのだ。『あの令嬢はおかしい』と――。
「彼女はまったく貴族らしくない。だからなのか? あれほど評判が悪かったのは……」
アレンの問いに、アルザールはイエスともノーともとれる曖昧な笑みを浮かべた。
「昔は貴族らしい子でしたよ。すごく我儘でしたし。でも、それは寂しさの裏返しでもありました。母は母の実家の領地で療養していて、なかなか会えなかったのもあり……」
そこで言葉を切ると、アルザールは表情を曇らせ、廊下に通じるドアを見つめた。