9-13
アルザールの声に隣を見ると、アヴァリティアが俯き、寝息を立てていた。
「明日も早いので、寝室に運びますね」
そう言って素早く立ち上がり、アルザールが止める前に彼女を抱き上げる。
「いや、ちょ……待っ……」
アヴァリティアに触れられるのも、彼女の寝室に入られるのも嫌なのだろう。アルザールが顔を引きつらせて立ち上がるも、アヴァリティアを起こしたくないからか、そのまま口を噤む。
アレンは構わず、アヴァリティアを寝室へと運んだ。
彼女をそっとベッドに寝かせ、布団をかける。
「おやすみなさい、ティア。よい夢を」
額へのキスは――アルザールが激怒するのが予想できたので、残念だがしないでおく。
アレンはアヴァリティアの髪を撫で、寝室を出た。
廊下で待っていたアルザールが、ものすごく不機嫌そうにアレンをにらむ。
アレンは肩をすくめ、ダイニングのほうを手で示した。廊下で話しては、彼女を起こしてしまうかもしれない。
「…………」
アルザールが小さく息をつき、踵を返した。
「……聖都では、尋ねる隙がなかったのですが」
ダイニングへ戻って扉を閉めるなり、アルザールが口を開く。
「あなたがティアの傍にいるのはなぜですか?」
アレンがアルザールに向き直る。
威圧感――いや、威厳のあるその視線に、しかしアルザールは怯まない。
まっすぐアレンを見つめたまま、畳みかけるように言った。
「王位を狙っておられるからですか? アレンディード・カーティス・エリュシオン殿下」
「…………」
アレンが無言のまま目を細める。
双眸に宿った凶暴な光に、アルザールはごくりと息を呑んだ。
「……恐れ多い名を口になさいますね。私は、アレンディード・カーティス・ウィンズレッドです。王弟――ウィンズレッド大公の息子ですよ。まぁ、家系図に名も載っていない婚外子ですが」
「……表向きはそうなっていますね。あの王太子殿下なんかは、そう理解しておられるはずです。あなたのことは、血の卑しい従兄弟だと……」
アルザールはアレンをまっすぐ見据えたまま、一歩彼に近づいた。
「でも、真実は違う。あなたは王弟殿下ではなく、国王陛下の御子だ」
アレンの目がさらに冷たく、鋭くなってゆく。
「王族は主神――太陽神ソアルの血を継ぐ者。よって、髪と瞳は太陽神の黄金色と決まっている。だが、あなたは銀髪だった。王族は銀髪であってはならない。国王陛下は、王妃殿下の不義を疑い、あなたを我が子とはお認めにならず、王弟殿下に託されたと聞いております」
「……面白い話ですね。では、王太子殿下はどこの誰なのですか?」
「同時期に妊娠していた愛人の子です。その子がたまたま金の髪・金の瞳だった。そのため陛下は、その子を自身の第一子――つまり第一王子としてみなに公表したのです。それを知るのは……」
「それを知るのは、わずか数名の真の忠臣だけ。王妃殿下すら知らない。アシェンフォード公爵は、陛下が心から信頼する臣下だというのに、あのクリスティアンときたら……」
アレンがそう言って、苛立たしげにため息をつく。
アルザールは右手を胸に当て、恭しく頭を下げた。
「私はアシェンフォード公爵家の跡取りとして、父よりすべてを聞いております」
「そうか。では、先ほどの質問はする必要があったか?」
アレンの口調がガラリと変わる。
アルザールはビクッと身を震わせた。
「それは……」
「王位を狙う? それはどういう意味だ。王となりたいかという意味なら、ノーだ。ありえない。王家をぶっ潰したいかという意味なら、迷うところだな」
アレンがアルザールをにらみつけ、酷薄な笑みを浮かべる。
「それはきっと、とても愉快だろうから」
「殿下……それは……」
「……冗談だ」