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お兄さまは頷きながら、お茶請けとして出したチョコレートを口に放り込んで、目を見開いた。
「なにこれ? 美味しい!」
「試作のチョコレートです。実はこれについても、お兄さまに相談したいことがありまして」
私はチョコレートを大々的に売り出したいこと、しかしこれがとんでもなく調理に手間と時間がかかることを説明した。
「私とアレンさんで、八時間以上すり潰して、すり潰して、練って、練って、練って――ようやくこのくちどけです。でも、私的にはまだ若干なめらかさが足りないと思ってます」
「ああ、言われてみれば、わずかにざらつきを感じるね。でも、言われなきゃ気にならないよ?」
「でも、それがないほうが絶対に美味しいでしょう?」
「たしかにね」
「なので、それをなくしてしまいたいのですが……手作業だとこれ以上は難しく……」
「つまり、さらに質の良いチョコレートを大量に生産できるようにしてほしいってことだよね? オッケー、任せなさい」
お兄さまが、なんでもないことのように頷く。
「だ、大丈夫ですか?」
頼んでおいてなんだけど、あまりにもあっさりと請け負い過ぎでは?
だって、このチョコレートを大量生産するためには、さまざまな専用機械の開発からやらなきゃいけないんだよ?
驚く私とアレンさんに、しかしお兄さまは「なにが?」と首を傾げた。
「なにがって……」
「トースターは簡単過ぎたから、このぐらい骨のあるおねだりのほうが嬉しいよ。やりがいがある。これは絶対に売れると思うしね。アシェンフォード公爵家にとって、大きな利益になること間違いなしだ」
「たしかに、大きな利益を上げられますが……」
「個人的にも、得しかないよ。だって、難しいことのほうが、成し遂げたときのご褒美のランクを上げられるだろう?」
お兄さまがウキウキした様子でそう言って、胸の前で両手を組んだ。
「ご褒美はなににしよう? トースターの開発は『一ヵ月以内にお茶の機会を作る』だったからね。『頬にチュウ』にしようかな? 『一日デート』にしようかな? 迷っちゃうなぁ~!」
「…………」
ほっぺにチュウとか、デートとか、いちいち妹に対する要求じゃないんだよなぁ……。
まぁ、たったそれだけのご褒美で、チョコレートの大量生産を機械の開発からやらせるつもりの私も、なかなか鬼畜というか……ちょっとおかしいと思うけれど。
だけど、お兄さまも悪いと思う。だって、頼りになり過ぎるんだもの。そのうえ、ちょっとしたご褒美でなんでも言うことを聞いてくれるんだもの。そんなの頼るなってほうが無理でしょう?
でも、やっぱり少しは申し訳ないと思うから……。
「『ほっぺにチュウ』と『一日デート』、両方でいいですよ」
「ええっ!?」
瞬間、お兄さまが目をかっ開き、椅子をガタガタいわせて身を乗り出す。
アレンさんもまた、驚いた様子で私を見た。
「ほ、本当に!? 両方!?」
「ええ。その代わり、長々と待つ気はありません。具体的な期間の提示はしませんが――」
「短期間で結果を出せってことだね? わかった! 任せて!」
お兄さまが力強く頷く。
私をまっすぐ見つめる双眸に迷いの色はなく、不安に揺れることもない。そういうところは本当、お兄さまだなぁって思う。成し遂げられないかもしれないなんて、露ほども思わないんだろう。
――まったく、頼りになり過ぎて困ってしまう。
「…………」
すでにご褒美をもらうときのことを考えているのか、ウキウキで「シャディローランにティアのドレスを注文しなくちゃ」「最高のデートプランを練らなくちゃ」「ああ、忙しくなるなぁ」などと呟いているお兄さまをなんだか不満そうに見つめて、アレンさんは小さくため息をついた。
◇*◇
「おや? ティア?」