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「美味しいです! ふんわりした甘いパンに、トマトの甘みと酸味、オニオンとピーマンの甘みと苦み、ベーコンの塩味、粉チーズの風味……。ああ、バターのコクも感じますね。いろいろな味が混然一体となって……!」
アレンさんも、まじまじとナポリタンドッグを見つめる。
本当に、ナポリタンって美味しいよね。ああ、タバスコがあればなぁ~。そこに辛味が加わって、さらに味が複雑になって美味しいんだけど。
「ホント、美味しい。疲れが吹っ飛んじゃうね!」
「うん! 明日も頑張ろうって思う!」
アニーとリリアも満面の笑みで顔を見合わせる。――そうでしょうそうでしょう。
「どうですか? お兄さま。新商品のできばえは」
「うん、すごく美味しい。ティアのパンは、やっぱり僕の想像を超えてくるね」
メロンパンを食べたお兄さまが、満足そうに目を細めて頷く。
それがすごく嬉しくて――私はにっこりと笑った。
「最高の誉め言葉です! お兄さま!」
◇*◇
ふぁっと欠伸が出てしまう。
家に帰ってきた瞬間、眠気のスイッチが入ってしまった。私は目をこすって、パンパンと両頬を手で軽く叩いた。
でも、まだ寝てしまうわけにはいかない。テストのことやチョコレートのことなど、お兄さまに相談したいことがいっぱいある。そのために、家まで来てもらったんだから。
「いいね。フォカッチャというパンよりも、このちぎりパンのほうがテストには向いてると思う。現状、もっちり食感よりもふんわり食感の商品のほうが多いだろう? 今度、トースターとともに売り出す食パンもそうだし」
お兄さまが、テストのメニュー候補として私が出したちぎりパンを食べて、うんうんと頷く。
「そうですね、そうしましょうか。じゃあ、レシピは用意しておきます」
「うん、告知なんかはすべて僕に任せて」
お兄さまは頷いて、トントンと指でこめかみを叩いた。
「ティアの意見をまとめると、パン職人志望者が集まったら、ティアが全員の目の前で実際に一度ちぎりパンを焼いてみせる。そして完成品を食べて味や食感を覚えてもらい、レシピと元種を渡す。候補者には二週間か三週間後に、自分で焼いたちぎりパンを持って来てもらう――って感じかな?あってる?」
「はい、元種が用意されているうえで詳細なレシピがあれば、それほど難易度は高くありません。二~三週間もの時間が与えられてこれができないようであれば、現場では役に立たないと判断していいと思います」
「僕でもできたりする? 調理なんて一度もしたことはないけれど」
「え? できると思いますよ。一日二日あれば、確実に」
だって、お兄さまは天に何物も与えられちゃってる天才だもの。そりゃ、調理をしたことはないかもしれないけれど、すぐにコツをつかんでしまうに決まってる。
「万能型天才のお兄さまは、参考にならないと思います」
「えー?」
「では、私ならどうですか?」
アレンさんが私を見る。
いや、アレンさんも基本的になんでもこなすじゃないですか。それにアレンさんは遠征などで、調理経験もそれなりにあるのでしょう?
「お兄さまと同じく、参考にはならないと思います」
私はテーブルの上のちぎりパンを見つめて、唇に指を当てた。
「私のパン屋でも孤児院でも調理の手伝い経験があるリリアやアニーは、少し練習すればできると思います。マックスはどうかなぁといった感じです。あの子はせっかちで大雑把なので」
「え? そうなの? じゃあ、難易度低すぎない?」
「すでに完成された腕を持つ職人がほしいわけではありませんし、実際レシピ通りに生地の作成・発酵・成型・焼きができれば、それだけでかなりの戦力になりますから、これでいいかと」
「なるほどね。じゃあ、それで決まりだ」