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「それなら、最初からパン屋や調理業務経験のある人から募ればいいのでは?」
アレンさんが首を傾げる。しかし、お兄さまはきっぱりと首を横に振った。
「いや、経験者だからって、呑み込みが早いとは限らない。『パンはこういうものだ』『これまではこうしてきた』みたいな変な固定概念やクセが邪魔して、初心者よりもむしろ時間がかかることは十二分にありえる。とくにティアのパンは、これまでの常識から大きく外れたところにあるしね」
「ああ、なるほど。そうですね」
「だから、たとえば……そうだなぁ……」
お兄さまは腕を組み、うーんと考えながら天井を仰いだ。
「志願者の目の前で一度ティアが調理してみせる。そしてレシピを渡して、二週間後――もしくは三週間後に、同じものを作ってくるように通達。その味で合否を決める……とか?」
「そ、それは!」
アニーが少し興奮した様子で椅子から立ち上がり、厨房の石釜オーブンを指差した。
「ああいうオーブンがなくてもできるパン、ですよね?」
「そうだね、できればそれが望ましい。そういったレシピはあるかい? ティア?」
お兄さまが再び私を見る。私はすぐさま頷いた。
「ええ、もちろん。コンロか薪ストーブ、あとはフライパンさえあればパンは焼けますわ。先日、お兄さまにも食べていただきましたよ。ええと、私が急遽王都からこちらへ戻った日です。夕食にもっちりしたパンが出ましたでしょう? 塩味のと、トマトとバジルが乗ったものと」
「ああ、穴が開いた平たいパンか。あれもまたすごく美味しかったよ」
「よかったです。そうですね……」
私は唇に指を当てた。
フォカッチャやちぎりパンは、テストにとてもいいと思う。
だって、酵母を作って、育てて、そこから元種を起こして、それを使ってパンの生地を作って、発酵させて、成型して、焼くまで、全部できるし。
そう考えて――私は眉をひそめた。
いや、それはさすがに求め過ぎか。一人でそこまでできるなら、私が教えることなんてないじゃない。完璧に焼ける必要はない。テストは素質を見るためのものなんだから、もっと簡単でいい。
じゃあ、元種まではこっちで作ったらどうだろう? それを配って、パンの生地づくり、発酵、成型、焼くまでやってもらう。――うん、それがいいかも?
「テストはいいアイディアだと思いますし、ちょうどいい難易度の課題も用意できます」
「よし! じゃあ、そうしよう!」
お兄さまがパンと手を打った瞬間、アニーが胸の前で両手を組み、身を乗り出した。
「そ、そのテスト、私も受けられますか!?」
「え?」
「私、受けたいです! お嬢さまのパンを焼けるようになりたい!」
マックスが目を丸くして、アニーを見上げる。
「本気かよ? アニー」
「だって、お嬢さまのパンはたくさんの人を幸せにしてくれるもの! 私も人を幸せにする仕事がしたいの!」
アニーはそう叫ぶと、再び熱心にお兄さまを見つめた。
「もちろん、私はまだ子供です! お店を任せてもらえるなんて思ってません! そうじゃなくて、私……私は、お嬢さまのお手伝いがしたいんです!」
「ティアの?」
「はい。公子さまもおっしゃったとおり、この店はまだお客さまの要望に応え切れていません。オープン日も、今日も、目当てのパンを買えずにがっかりして帰られたお客さまがいました。私がお嬢さまのパンを焼けるようになったら、そういうお客さまが減るでしょう?」
「……そうだね」
「でも、私、お嬢さまがものすごく頑張ってること、知ってます! 今日の量が、お嬢さま一人で用意できる限界いっぱいいっぱいの量だってことも! お嬢さまにこれ以上の無理をしてほしくはありません! だったら――」
「ティアのパンを焼ける人間を増やすしかない。そう考えたんだね?」
お兄さまの言葉に、アニーが何度も首を縦に振る。
「はい。お嬢さまにパン作りを教えてって頼もうと思ったんです。でも、それはお嬢さまの手間と負担を増やしてしまうかもしれないとも思って、悩んでて……でも、そういう計画があるなら!」
「わかった。いいよ、受けなさい」
お兄さまが拍子抜けするほどあっさりと許可を出す。
私たちは――アニーも、驚いて目を丸くした。