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「だって、わたくしなんかのパンがそんなに売れるとは思わなかったんです……!」
「だから、そんなわけないじゃないか。『そう思った』ってだけで、見切り発車もいいところだよ。きちんと市場調査をしたうえで、商品の分析をしていれば、こんなことにはならなかったんだよ。わかっているかい?」
「っ……」
そのとおり! そのとおりなんだけど!
「それ以上言わないでください……。お兄さまを嫌いになりそう……!」
「え? ティアに嫌われたら、僕は死んでしまうよ。興奮もするけども」
……興奮もするんだ……。ヘンタイ……。
「ティアは自分の価値を知らなさすぎるよね」
むくれた私をなだめるように、お兄さまが頭を優しく撫でる。
「そんなことは……」
「たしかに、ティアはもっと自分に自信を持つべきですね」
私たちと同じく陳列台に突っ伏していたアレンさんが、ゆっくりと顔を上げる。
「自信を持つべきって……」
私、そんなに自信ないように見える? そんなつもりはないんだけど……。
「卑屈に映ってます? 不愉快な思いをさせてしまったでしょうか?」
「いえ、それはありませんから、ご安心を。ただ、私たちからすると、ご自身を正当に評価できていないように見えます。必要以上に謙遜されているような……」
「あ……」
それはもしかしたら、中身が日本生まれ日本育ちだからなのもあるかもしれない。
だって、控えめで慎ましくあることは、日本では美徳とされているもの。女性はとくに。
あとは、ブラックな会社で社畜をやってたことも、少しだけ影響しているかもしれない。
きちんとした評価とそれに見合った扱いを受けていないと、やっぱりどうしても気持ちって萎縮してゆくよね……。
そうでなくとも、自分自身を正当に評価って――わりと難しいことだと思うのは私だけ?
「自分を正当に評価する……」
それって具体的にどうすればいいんだろう?
眉を寄せて悩む私に、アレンさんが優しく微笑む。
「なにも難しいことはありませんよ。正しく受け止める、それだけでいいんです」
「正しく受け止める?」
「ええ。みんながティアを好きなこと、ティアのパンが好きなこと、ティアのパンが世間の常識を変えつつあること。それらをきちんと認めて、受け止めるだけです」
「えっ? そ、それだけですか?」
思わず目をぱちくりさせてしまう。え? 私、それができてないの?
ポカンとした私に、アレンさんは穏やかに微笑んだまま頷いた。
「それだけです。たったそれだけでも、『わたくしなんか』なんて絶対に言えなくなりますよ」
「あ……」
「ティアだって、自分が心から好きなものを『なんか』って言われるのは嫌でしょう?」
それはそのとおりだ。
そっか。必要以上に謙遜するのは、私を、私のパンを好きだと言ってくれる人の想いを軽視し、侮辱することにも繋がるんだ……。
日本では、特筆すべき点はなにもない凡庸な人間だったかもしれない。だけど、ここでは違う。二十一世紀の日本で生まれ育った私は、とても異質な存在なんだ。
だから、私にとっては『当たり前』で、たいして珍しくないことでも、ここではそうじゃない。パン一つとってもそうだ。
二十一世紀の日本――美味しいパン屋が巷に溢れている中で、素人の私が作るパンは、たしかに『なんか』と言っても差し支えなかった。その意識のまま――認識をあらためることがないまま、計画を進めてしまった。結果――ここまでの『想定外』が起こってしまった……。
お兄さまの言うとおり、甘過ぎた……。
「すみません。意識できていない部分もあるので、すぐにすべて直すことは無理かもしれませんが、努力して改善します」