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9-5

「だって、わたくしなんかのパンがそんなに売れるとは思わなかったんです……!」


「だから、そんなわけないじゃないか。『そう思った』ってだけで、見切り発車もいいところだよ。きちんと市場調査をしたうえで、商品の分析をしていれば、こんなことにはならなかったんだよ。わかっているかい?」


「っ……」


 そのとおり! そのとおりなんだけど!


「それ以上言わないでください……。お兄さまを嫌いになりそう……!」


「え? ティアに嫌われたら、僕は死んでしまうよ。興奮もするけども」


 ……興奮もするんだ……。ヘンタイ……。


「ティアは自分の価値を知らなさすぎるよね」


 むくれた私をなだめるように、お兄さまが頭を優しく撫でる。


「そんなことは……」


「たしかに、ティアはもっと自分に自信を持つべきですね」


 私たちと同じく陳列台に突っ伏していたアレンさんが、ゆっくりと顔を上げる。


「自信を持つべきって……」


 私、そんなに自信ないように見える? そんなつもりはないんだけど……。


「卑屈に映ってます? 不愉快な思いをさせてしまったでしょうか?」


「いえ、それはありませんから、ご安心を。ただ、私たちからすると、ご自身を正当に評価できていないように見えます。必要以上に謙遜されているような……」


「あ……」


 それはもしかしたら、中身(わたし)が日本生まれ日本育ちだからなのもあるかもしれない。


 だって、控えめで慎ましくあることは、日本では美徳とされているもの。女性はとくに。


 あとは、ブラックな会社で社畜をやってたことも、少しだけ影響しているかもしれない。

 きちんとした評価とそれに見合った扱いを受けていないと、やっぱりどうしても気持ちって萎縮してゆくよね……。


 そうでなくとも、自分自身を正当に評価って――わりと難しいことだと思うのは私だけ?


「自分を正当に評価する……」


 それって具体的にどうすればいいんだろう?


 眉を寄せて悩む私に、アレンさんが優しく微笑む。


「なにも難しいことはありませんよ。正しく受け止める、それだけでいいんです」


「正しく受け止める?」


「ええ。みんながティアを好きなこと、ティアのパンが好きなこと、ティアのパンが世間の常識を変えつつあること。それらをきちんと認めて、受け止めるだけです」


「えっ? そ、それだけですか?」


 思わず目をぱちくりさせてしまう。え? 私、それができてないの?

 ポカンとした私に、アレンさんは穏やかに微笑んだまま頷いた。


「それだけです。たったそれだけでも、『わたくしなんか』なんて絶対に言えなくなりますよ」


「あ……」


「ティアだって、自分が心から好きなものを『なんか』って言われるのは嫌でしょう?」


 それはそのとおりだ。

 そっか。必要以上に謙遜するのは、私を、私のパンを好きだと言ってくれる人の想いを軽視し、侮辱することにも繋がるんだ……。


 日本では、特筆すべき点はなにもない凡庸な人間だったかもしれない。だけど、ここでは違う。二十一世紀の日本で生まれ育った私は、とても異質な存在なんだ。

 だから、私にとっては『当たり前』で、たいして珍しくないことでも、ここではそうじゃない。パン一つとってもそうだ。


 二十一世紀の日本――美味しいパン屋が巷に溢れている中で、素人の私が作るパンは、たしかに『なんか』と言っても差し支えなかった。その意識のまま――認識をあらためることがないまま、計画を進めてしまった。結果――ここまでの『想定外』が起こってしまった……。


 お兄さまの言うとおり、甘過ぎた……。


「すみません。意識できていない部分もあるので、すぐにすべて直すことは無理かもしれませんが、努力して改善します」


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